投稿日 2023.01.18 更新日 2023.05.23

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昭和レトロマップで山歩きがオモシロイ|地図芸人が語る、古地図の世界

山登りの楽しみは人それぞれですが、「昭和レトロな観光マップを見ながらの登山がオモシロイ!」と語ってくれたのは、地図芸人の小林知之さん(お笑いコンビ・火災報知器)。スマートフォンなき時代、登山者の想像力をかきたてる試行錯誤のあとが愛しい──。そんなレトロマップを手に歩く楽しみを教えてもらいました。

目次

山歩きも昭和レトロがアツい

日大地理学科×地図会社×芸人

地図芸人の小林知之さん

「まず、お前は誰なんだ」ということで、自己紹介します。私は国旗が好きで地図にのめりこみ、日大文理学部の地理学科に進学。卒業後、東京カートグラフィックという都内の地図会社で働いている太田プロダクション所属の芸人です。

若干、情報の渋滞が起きていますが、端的に言うと、地図収集が趣味の42歳、2児のパパ。家にある地図はざっと1,000枚。一流の収集マニアの方に比べたら、まだまだ足元にも及びません。

それでも街を歩いていて、路上で案内地図を見つけては立ち止まって観察する日々。よく見たら、ひび割れた看板が地図に見えていただけ、という職業病みたいなことは多々おきます。

リアルな山には毎週のように登っていないかもしませんが、「ただ地図を見て登った気分になる」という妄想登山であれば、そこそこのベテランです。

そんな僕が個人的に注目しているのが、昭和レトロな観光マップを見ながらの登山とぶらり旅です。

一周回っておしゃれなレトロマップ

草津温泉のレトロマップ「白根火山ロープウェイ 上信越高原国立公園 草津温泉」。怪獣映画の看板のような力強いデザイン

「昭和レトロ」や「平成レトロ」がひそかなブームになっている昨今。歌謡や飲食店などは注目されがちですが、悲しいかな、まったく日の目を見ていないのが観光マップ。

それどころか、捨てられてしまう運命をたどることが多いのが実情。数十年前のものとなると、持っている人も少なく、目にする機会も少ない。興味ある人も少ないので、売っているお店も少ない……。

ネガティブな表現が並んでしまいましたが、ここは登山好きの皆さんにレトロマップに興味を持っていただき、人気者へと押し上げていただきたい。あわよくば、もっと手に入れやすくなることを期待しています。

レトロマップは「古地図」

そもそも、どんなものがレトロマップなのでしょうか。答えはシンプル。レトロマップ=古地図です。

古地図というと、江戸時代の切絵図が思い浮かぶかもしれません。しかし、時代の定義があるわけでもなく、昭和も平成のものも立派な古地図です。皆さんが生きてきた時代なのでついこの間のように思えますが、地図に書かれている街並みや道路、地図記号、ありとあらゆるものが、いまと違います。

レトロマップの楽しみ方「あらゆる変化にツッコミを」

同じ場所でも、さまざまな情報が現在と違っているレトロマップ。地図や情報源として使おうにも、正直、信頼性はありません。それではどのように楽しんだらいいのでしょうか。それは「変化」を楽しむことに尽きます。

一昔前に流行った脳トレのアハ体験(*1)だって、サイゼリヤのテーブルにある間違い探しだって、共通しているのは、変化を楽しむこと。

*1 今までできなかったことや理解できなかったことが突然できるようになる体験

その変化に気づいて自分なりのつっこみを入れつつ楽しんでいく──。それがレトロマップの楽しみ方です。

50〜70年前のマップがいい理由

山梨交通の昇仙峡の観光案内

今回紹介するレトロマップはすべて昭和のもの。1950〜70年代を中心にした「古地図」を使って楽しんでいきます。

この時代は、テレビが主力メディアになりつつありますが、現在のように情報番組が多くあるわけではありませんでした。

1950年代にテレビが登場し、NHKがテレビ放送を開始。1960年代に本格的にカラー放送がはじまり、1976年に長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)がスタートしているような時代。

なので、旅行や登山の情報収集の基本は「紙媒体」。読むほうも必死ですが、作る方はもっと必死です。限られた紙幅のなかに、できるだけ多くの情報をコンパクトにまとめなければいけません。しかも限られた予算と、パソコンのない時代のアナログな技術と相談しながらです。

いまの常識では考えられないような観光情報が書いてあるのが、昭和レトロマップの楽しいところ。それでは突っ込みどころ満載のレトロマップを紹介していきます。

「空缶は土に埋めろ」の衝撃|「キャンプとバンガロー案内 1954年度」

1周まわっておしゃれな「キャンプとバンガロー案内」

いまや人気絶頂のキャンプ。第一次オートキャンプブームがあった1990年代のはるか前、戦後まもない時期にもキャンプの文化はありました。こちらは、いまから約70年前のキャンプ案内の観光マップ。

なんといっても「キャンプとバンガロー案内」とシンプルに書いた表紙がおしゃれ。こういうのを「1周まわっておしゃれ」というんでしょう!

特に色使いが素敵。黄色いテント横の女性は、キャンプ上級者のさらに上の格好をしています。虫刺されよりもおしゃれを選んだので、ボトムもシャツもまくし上げています。

「キャンプとバンガロー案内」

肝心の内容ですが、国内のさまざまな場所のキャンプ場やバンガローが書かれています。そんな中、衝撃的な文章を見つけました。

最後のページ、この冊子の監修者による「私のキャンピングメモ」という文章です。

「立つ鳥跡をにごさず:火には水や土砂をかけ充分消えるのを見届ける。紙屑は焼きすて、空缶は土中に埋め、空ビンは洗って水辺に並べておく、テントの跡は清掃しておく」

山の中や川で、土の中から昔の細い空缶を見つけ、「昔の人はルールを守ってない! けしからん!」と思ったことありませんか? 僕もその一人です。

間違っていました。ルールをしっかり守っていたのです。景観を守ろうとする意識の高さゆえに、土の中に缶を埋めていた人もいたのです。衝撃的な事実が判明しました。

キャンプ場や登山道でよく土の中で見つかる昔の空き缶

時代が変わるとルールが変わります。それはわかりますが、「空ビンを洗って水辺に並べておく」はどうでしょうか。これについては、昔の人も疑問に思わなかったのでしょうか……。

並べて「きれいだね!」といって家路についたのか。でもこれが70年前の日本のアウトドアの姿。この当時の当たり前に対して、「あれ? 水辺に並べてるけど、これって誰が片付けるの? そもそも環境に悪くない? てか持ち帰ろうよ!」。そう考え方も変わって今に至るのです。

まだ見ぬ地の想像を掻き立てる個性の強さ「喜多方」|「観光と物産 喜多方」

喜多方市の「観光と物産 喜多方」

福島県喜多方市の観光マップです。詳細な発行年は不明ですが、紙面に書かれている町の情報から年代を絞っていくのも楽しみの一つです。

喜多方市には私の祖母の家があるので、とても愛着のある街です。今でこそ「ラーメンと蔵の町」で有名ですが、このチラシにはラーメンは載っていません。ラーメンブームは1980年以降なので、それ以前ということになります。

中を開けば、これでもかと喜多方の魅力が詰めこまれています。「これ、絶対に喜多方に行くしかないじゃん!」。これを見た人に、そう思わせるためです。

その一つがセクシーな温泉写真です。やはりいつの時代も温泉は観光の大きな武器。しかし、白黒でお湯の魅力を伝えてもいまいち伝わらない。そこで各地で考えられたのが、セクシー路線の観光案内です。

当時のレトロマップにはかなりの確率でセクシーな温泉の写真が出てきます。もちろん混浴ではありません。だから一緒に入れるわけでも、男性がこのセクシーを拝めるわけでもないのに、女性の入浴シーンを記載しているのです。

観光マップも独特です。鳥観図のたぐいですが、緑と水色に囲まれた街の色彩がショッキング。ファミコンのロールプレイングゲームをほうふつさせ、現実にある街とはとても思えません。

「一体、喜多方にはどんなボスキャラがいるのだろうか」

さきほどの白黒の観光案内とのギャップもあり、想像力を掻き立ててくれます。スマートフォンの時代は検索すれば情報にあふれていますが、情報が限られているからこそ、旅行で偶然の出会いや発見を楽しめた時代だったことが分かります。

房総半島にある桃源郷|「沿線の旅 小湊鉄道」

小湊鉄道「沿線の旅」に描かれている桃源郷のような路線案内図

千葉県の小湊鉄道の路線案内図です。やっぱり表紙は鮮やかでおしゃれ。そして中を開ければ、滝が落ち、桜が咲き、雄大な河が流れる。その姿はまるで桃源郷。

行ったことがある人ならわかると思います。たしかに房総半島には風光明媚な土地もありますが、さすがにこのような姿のところはないような……。

これこそが情報のない世界。あたかも桃源郷のように描いて読者をわくわくさせ、旅へといざなうのです。行ってみれば天気や気温、季節や視力(!)などの違いによって、桃源郷のようには見えなくもないかもしれません。

「※桃源郷には個人差があります」

こんな注意書きは必要ないでしょう。個人差はあるものだから、それはそうなのだから。当時の人はそのくらいで怒ったりしません。

怒ったとしても伝える手段が、友達に言いふらすか、回覧板くらいしかありません。いまのようにGoogleの口コミで文句を書かれることもありません。なので伝えたもん勝ちなのです。そんな作り手の主張があふれているのも、昭和レトロマップの魅力です。

写真が全部ピンクの小湊鉄道の観光案内

次に紹介するレトロマップは……。いえ、違います。同じ小湊鉄道の地図です。裏面は、当時の印刷技術で使用できる色の数に限界があったのか予算の関係か、ショッキングピンクで統一されているのです。何がすごいって、「写真も全部ピンクで行っちゃえ!」と決定を出した人がすごい。

さきほどの喜多方もそうですが、発行物の統一感というのはあまり考えられていません。

秘境めいたマップ|「奥武蔵名勝 名栗渓谷」

国際興業バスの「奥武蔵名勝 名栗渓谷」

最後は、都心からもアクセスのよい埼玉県飯能市にある名栗渓谷。今では、池袋から1時間ほどでいけてしまう、お手軽なおでかけスポットです。

国際興業バスが発行しているこのチラシ。調べてみると、いまも西武池袋線・東飯能駅から国際興業のバスに乗ることができます。

宿泊施設の欄には「2食付、米持参」という見慣れない表現があります。

当時のほかの地図をみても、主食を持参するように求める宿泊施設はよくみられます。

「おかずは出すけど、主食は自分で用意しなさい」「そこまでは面倒見ませんよ」と。パンでも麺でも、コメでもじゃがいもでも、キャッサバでもタロイモでも、あなたが思う主食を持参しなさい、と。おかずとの相性なんて考えちゃダメ。出してもらえるだけありがたい。

このあたりの「自分なりに解釈しなさいよ」という感じがワクワクします。「まーこうは書いてあるけど、実際行ってみたらご飯くらい出してくれるだろう」と甘い考えで行って、おかずだけを食べる画も浮かびます。

調べてみると、飯能駅すぐにある「みかん山」はなくなっています

絵本のような地図をみると、東飯能駅からいろいろな山へアタックできそうだし、なんだか楽しそう。

このチラシを見ていたら、なんだか飯能の山々に行ってみたくなりませんか。ということで、次回はこのマップをもって、飯能での登山に挑戦! いつもと違う、歩く旅の良さを、今注目の登山好き芸人と一緒に伝えていきます。

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