
学ぶ
トレッキングポールで「四足歩行の本能」が目覚める|山梨大などが登山中の動きを科学的に分析
トレッキングポールを使う登山者は、段差の高さに応じて自然と歩き方を使い分け、「四足歩行の本能」が呼び覚まされている──。
近年、登山者にとって一般的になってきたトレッキングポール。登山中の負荷軽減や転倒リスクの軽減に効果があるとされていますが、実はその効果をもたらす動作の仕組みはほとんど研究されていませんでした。
山梨大学などの研究グループは、登山中にトレッキングポールを使った人間の動作を科学的に分析。ポールと足を「四肢」に見立てると、歩行動作が、段差の高さに応じて2通りのパターンでそろうことを、登山環境で実証しました。
登山者には身近なトレッキングポールを使った研究について、その背景や、今回の成果の登山の実践の場への応用の可能性などについて、山梨大の研究者に聞きました。
目次
山梨大学・東北大学・新潟医療福祉大学の「擬似四つ足」研究

山梨大学大学院博士課程の越水悠介氏
この研究は、山梨大学教育学域の木島章文教授と、同大学大学院博士課程の越水悠介氏が中心となり、東北大学電気通信研究所、新潟医療福祉大学心理健康学科との共同研究として進められたもの。
東北大の同研究所は、動物の動きをロボット工学に活かすため、多足歩行動物の動作機構を研究しており、ムカデやクモの動作の仕組みを解明したり、首長竜の骨格から泳ぎ方を復元したりする研究を続けています。
地元の山梨出身で、山好きの親の影響で登山を嗜む越水さん。学部の卒論のときからポールを使った動画の研究をしており、博士進学にあたって、「動物が地形に応じて歩き方を切り替える現象が、登山者のポール歩きを四つ足歩行と捉えれば、人間のポール歩きにも、動物の四足歩行を分析する理論的な枠組みが当てはまるのではないか」という示唆を得て、プロジェクトに参加しました。
「登山未経験者」を選んだ理由

実験には、登山未経験者の大学生を選定した
実験には、登山経験のない大学生20名が参加。「経験者の場合には『こうすべき』という知識が先に出てきてしまいます。そういった学習や習慣ではなく、追い詰められた状況でとっさに出てくる、身体の素の反応を見たかった」と越水さん。
参加者は、山梨の「湯村山・八王子山」、全長4.2kmのコースを実際に登山。コース上には高さ約20cmの比較的低い階段と、高さ約40cmの高い岩段が混在しており、登山の前半と後半では疲労度も大きく異なります。
参加者が歩く様子を定点ポイントでスマートフォンで撮影し、足とポールが地面に接地・離地するタイミングを1コマずつ計測しました。
段差40cmで、「同側同期」の歩行に切り替わる

低い段差では左足、右手のように対角にそろう
段差の高さによって、ポールと足の動きのパターンが変わるかどうかを分析したところ、参加者にほぼ共通して、ポールを使った歩き方が、登山路の地形に応じて切り替わることがわかりました。
高さ約20cmの低い段差では、右足・左手ポール(左足、右手ポール)が対角にそろう動画が多く観察されました。これは犬や馬がゆっくり歩く「トロット」に相当するパターンとのこと。

高い段差では、右手、右足のように同じ側の手足がそろう歩行になる
一方、高さ約40cmの高い岩段では、右足・右手(左足・左手)がそろう歩行に切り替わりました。これは脚の長い動物の「ペース」に相当する足並みです。
登山の後半で疲労が蓄積した状態でも、段差が20cmの低い区間に戻ると、再び足と反対の手で歩行する動作が増えました。
「心拍数や疲労度に関係なく、人間は意識せずに地形に応じて「トロット」と「ペース」を切り変えていたことがわかりました」(木島教授)
頭で考えるより先に、身体が知っている

なぜポールを持つことで、こうした四足歩行に近い動きが自然と現れるのでしょうか。木島教授は次のように説明してくれました。
「犬や馬が走り出すときには、脳から手足の筋肉一つひとつに指令を送っていては間に合いません。状況に応じて身体が自動的に足並みを切り替える仕組みが備わっています。
人間は二足歩行に進化しましたが、右足が前に出るとき、反対側の左手が前に出ますよね。これは四足歩行から進化してきた名残です。
トレッキングポールを介することで、特に緩やかな階段を登る場面でトロット、階段が高くなるとペースの足並みが再現されるのではないかと考えています。
今回の研究では、その『四足動物の身体の知恵』がポールを手にした登山者にも働いていることを、実際の登山環境で示した点に意義があります」
「階段の高さによってなぜ足並みが変わるのか」を数値で説明する

多くの登山者やメーカーの間では、トレッキングポールを使うと、膝への負荷が軽減し、転倒リスクも低下するとされています。ポールを使うと「なんとなく楽」という主観的な感覚を多くの登山者が持っているからこそ、トレッキングポールが普及しています。
今回の研究では、登山環境において、動作を解析することはできましたが、なぜそうなるのか、数値をともなった力学的なメカニズムでの解明は今後の研究の課題。
越水さんによると、今後は実験室での力学計測や重心運動の解析を通じて、対角線上の手足、同じ側の手足、それぞれのパターンが持つ安定性や力学的な利点を検証していく予定です。
重心の軌道や地面に伝わる力を計測することで、登山者の膝への負荷の変化など、具体的な数値による効果の裏付けが期待されています。
高齢者や熟練登山者など、異なる年代・経験レベルのデータを取得し、年代ごとの歩き方の違いや熟練者と初心者の差をデータ化することも視野に入れています。
越水さんは最後に、「筋力や持久力だけでなく、四肢の使い方を工夫することで、幅広い年齢層のハイカーの安全に貢献できる指導につなげていきたいと考えています」と意気込みを語ってくれました。
Koshimizu, Y., Fukuhara, A., Yamamoto, Y., & Kijima, A. (2026). Adaptive gait transition in trekking pole-assisted hiking due to fatigue and staircase height elevation. Frontiers in Sports and Active Living, 7, 1669574.
https://www.frontiersin.org/journals/sports-and-active-living/articles/10.3389/fspor.2025.1669574/full
– – – – – – –
木島章文,山梨大学大学院総合研究部(教育学域)
YAMAP MAGAZINE 編集部
登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。
この筆者の記事をもっと読む公式SNSで山の情報を発信中
自然の中を歩く楽しさや安心して山で遊べるノウハウに関する記事・動画・音声などのコンテンツをお届けします。ぜひフォローしてください。
