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"姿良し声良し"の代表格、キビタキ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.10
山にはいろいろな野鳥が暮らしています。その種類は標高によって、また植生などの環境によって異なり、季節によっても変化します。低山から高山まで、四季折々の山の鳥たちとの出会いのエピソードを、バードウォッチング歴50年、野鳥写真歴30余年という大橋弘一さんが、さまざまなトリビアを交えて綴る「山の鳥エッセイ」。
第10回は、春の象徴・キビタキの生態について、写真とともに紹介します。
山の鳥エッセイ #10/連載一覧
目次
【第10回 キビタキ】
英名:Narcissus Flycatcher
漢字表記:黄鶲
分類:スズメ目ヒタキ科キビタキ属
新緑の森が似合う鳥
5月は瑞々しい新緑の季節。一年でいちばん清々しいこの時期、森では若葉が日に日に茂り始め、私たちの心も浮き立ちます。森全体が萌黄色の淡いパステルカラーに彩られる頃、地域によっては4月中旬頃からとなりますが、夏鳥たちが続々と日本に到着します。
東南アジアなど南の地域で冬を過ごし、春になると繁殖のために日本列島へ渡ってくる、こうした鳥たちを「夏鳥」と呼びます。夏の間に日本で子育てをし、秋にはまた南方へと去って行く鳥たちです。
夏鳥は姿も鮮やかな色彩のものが多く、彼らが渡来すると森は華やいだ雰囲気に包まれます。そんな夏鳥たちの中でも、最も新緑が似合うと感じる鳥がキビタキです。
落葉広葉樹林で繁殖する夏鳥はほかにもたくさんいるのですが、キビタキの黄色と黒の羽色は若葉の色にとても映えます。さらに、声量のある美しいさえずりも新緑の森のイメージにぴったり。キビタキは、まさに”姿良し声良し”の森の鳥の代表格だと思うのです。
ところで、私が暮らす北海道は、関東などと比べると落葉広葉樹がかなり多いと思います。そういう木々は、文字通り冬には葉を落として裸木になりますし、また冬の積雪は背丈よりも高く積もることも珍しくありません。
色もなく音もない北国の森の冬は半年ほども続きますが、春を迎えると、雪解け、桜の開花、そして木々の芽吹きが足早に進行していきます。そこに姿を現すのがキビタキなのです。待ちわびた春の象徴、それが新緑の中で見るキビタキだと思います。
5月5日はキビタキの日
私が、生まれ育った東京から北海道へ移住したのは、30年以上前のことでした。北海道に暮らし始めて2年目からは、私の春はキビタキで始まるようになりました。
北海道では、5月の連休の頃から、札幌のような都市部でさえちょっと郊外の森へ行けば、わざわざ山に行かなくても高い確率でキビタキに会えます。
しかも、さえずる場所は高い梢ではありません。キビタキは木の中間層の枝にとまって高らかに歌い続けてくれますから、ちょうど視線の高さで姿が見られることもしばしばあり、楽に撮影ができます。
おまけに人に対する警戒心も強くなく、ある程度近づいて撮ることができます。あとは天候を考え、背景が新緑の美しい色になるかどうかなど、有利な条件の場所を探せばいいのです。
北海道の森で見るキビタキは、姿がきれいであることはもちろんですが、それだけではありません。数が多いこと、視線の高さで見られること、近づけること、といった被写体に求められる条件がそろっています。
これほど条件に恵まれたフォトジェニックな鳥はそうそういるものではありません。そういう意味でもキビタキは申し分のない存在です。
被写体としてのキビタキの魅力にハマって3、4年経った頃、私はあることに気付きました。キビタキを撮影する最初の日は、毎年決まって5月5日なのです。
ちょうどゴールデンウィークでもあるので、5月5日以前にも毎日のように森に通っていましたが、初認日は決まって5日なのです。
どうやら、札幌周辺ではキビタキが渡って来る日は5月5日であるらしい…。もちろん、私の3、4年間の観察記録だけではサンプル数が少なすぎて統計的に言い切ることはできませんが、個人的な覚えとしては充分な法則性と言えそうです。
それ以来、私は5月5日を「キビタキの日」と呼ぶようになりました。野鳥撮影も長年続けていると、毎年この日にはこの鳥に出会う確率が高いという特異日ができてきますが、私の「キビタキの日」はその第1号になりました。
自己陶酔するほど美しい?
キビタキの姿の美しさは、自己陶酔するほどだといわれることがあります。鳥が自分のことをそんなふうに思うことはないはずですが、これには理由があります。
キビタキの学名narcissinaおよび英名のNarcissusが、ギリシャ神話に登場する少年ナルキッソスの名にちなんだものだからです。ちょっと面白い話なのでご紹介しますね。
ナルキッソスは類いまれな美貌の少年でしたが、言い寄ってくるニンフ(妖精)たちに全く関心を示しません。しかしあるとき、泉の水を飲もうとして鏡のような水面に写った自分の姿を見て、あまりの美しさに心を奪われてしまいます。その姿に恋い焦がれ、離れられなくなり、やがて憔悴しきって死んでしまう…。
現代人には荒唐無稽とも思えるこの物語は広く知られ、自己陶酔を意味するナルシシズムという言葉が生まれ、ナルシスト(自己陶酔者)の語源ともなりました。ナルキッソスが死んだ泉のほとりには彼の生まれ変わりである水仙の花が咲いたと伝えられ、以来、水仙をnarcissusとよぶようになりました。
この話がキビタキと結びつくのは、一般には水仙の黄色をキビタキと重ね合わせたからとされます。しかし、ギリシャ神話を丁寧に読むと、ナルキッソスが死んだ場所に咲いた花は一輪の「白い」水仙と書かれているのです。こうなると水仙とキビタキを関連付ける理由がなくなってしまいます。いったいどういうことでしょうか。
考えられることはただひとつ。じつは水仙の花とは関係なく、キビタキの美しさが自己陶酔するほどだという解釈です。キビタキの美はそれほどまでに人々を魅了するものだと考えられたということではないでしょうか。
さえずり声の不思議
さて、キビタキの美しさはこのように言い伝えられるほどですが、続いて、今度はその鳴き声、特にさえずりについて、私が感じていることを述べたいと思います。
どの図鑑にも、キビタキのさえずりにはバリエーションが多いと書かれています。一例として「ピィチュリ、ピーピピリ」「ピププリ、ピププリ」「ピッ、コロロ」「ツクツクチー」「チーチョホイ、チーチョホイ」「ポー、ピッピッコロ」「ピッピキピ」等々、たまたま手元にある図鑑を2、3冊見ただけでも、これほど多くの鳴き声が紹介されています。
私が擬声語で表現するなら「ピリリ、ピーチュリ、ピッププリ、ピッププリ」とか「フィーピーヒ、フィーピーヒ」、「クリリ」「ケロロ」「オーシ、ツクツクツク」といったところでしょうか。拙著『北海道野鳥ハンディガイド』(北海道新聞社)には字数の関係でこうした鳴き声の一部だけを記しました。
鳴き方の特徴は、1フレーズは決して長くはないのですが、それを繰り返して鳴き続ける、あるいはそれらを組み合わせて長く鳴く、というようなイメージです。複雑な鳴き方を巧みにこなす非常に上手な歌い手だと感じます。
特に面白いのは、他の生きものの鳴き真似のような声がいくつかあることです。「クリリ」とか「ケロロ」「コロロ」という声はカエルの鳴き声に似ています。「オーシ、ツクツクツク」に至っては蝉(ツクツクボウシ)にそっくりです。
これらが本当にその声の主を真似ているのかどうかはわかりませんが、真似ているとしても、それがなぜ他の鳥の声ではなくて虫やカエルなのか必然性がわからないのです。
他の鳥の例でいえば、たとえばクロツグミはキビタキ以上に複雑で巧みな鳴き方ができる歌の名手ですが、明らかに他のいろいろな鳥の声を取り入れて(真似して)さえずります。さえずり上手な鳥は時々このような例がありますが、キビタキの場合は鳥の声を取り入れるわけではないことが不思議ですね。
雄同士のなわばり争い
キビタキの鳴き声といえば、もうひとつ面白いことがあります。それは、外敵を追い払うときに、ブンブンというハチの羽音そっくりの音を出すことです。
外敵というのは、同じキビタキの別の雄のことです。具体的には、1羽の雄がブンブンと音を立てながら別の雄を追いかけ回す行動です。私の見立てでは、繁殖中に同じキビタキの雄が自分の縄張りに入って来た時に、相手を排除する行動なのだろうと思います。
体を細くして、いかにも興奮した様子で別の雄に突進しようとし、そのときにブンブンという音を立てて威嚇するのです。ブンブン音だけでなく、パチパチと嘴(くちばし)を鳴らすこともあります。激しい時には雄同士が空中でぶつかり合うこともあります。
こういうときには、カメラを構えている私の存在など全く眼中にないようです。私のすぐそばをものすごい勢いで飛んで行くこともあり、近くで聞くブンブン音は本当にスズメバチでも来たかと思うほどで、驚いてしまいます。
でも、1羽がもう1羽を追い払えば、もうブンブン音を立てることはなく、また普通のさえずりに戻るのです。
私はこの音を出す場面にこれまで数回遭遇していますが、これは口から出す声なのか、それとも翼などを震わせて出す音なのかわかりません。音なのか声なのか、いろいろ調べてもこのことを書いた文献を見つけられずにいます。
じつは難しい近縁種との識別
キビタキに近縁の鳥のひとつにオオルリがいます。オオルリも美声の持ち主ですが、キビタキが森の中間層でさえずるのに対して、オオルリは高い梢のてっぺんでさえずります。森は鳥の生息環境としては立体的な構造なので、似た鳥はその中でうまく棲み分けているのです。
オオルリは、青い色が人目を引く、派手な美しい姿の鳥です。先ほどからキビタキは黄色の美しい姿という紹介をしていますが、黄色と黒の派手な姿なのは雄だけです。一方、オオルリも、鮮やかな青い色をしているのは雄だけです。キビタキもオオルリも雌は別種かと思うほど地味で、どちらもほぼ茶褐色の色調です。
そして、実はキビタキの雌とオオルリの雌は互いにとてもよく似ています。その違いはわずかで、一見区別できないほどです。雌を見ているとこの2種が近縁であることが実感できるのです。
雌同士の違いは、喉の色味。キビタキ雌は喉が白っぽいのに対し、オオルリ雌は嘴の下から胸まで褐色。ただ個体差もあり、色よりも体の大きさで比べられれば一番確かです。キビタキの全長は約13.5cmで、オオルリは16cmほどです。でも、両種が並んで比較できる状況になることは、なかなかありません。
この2種には、雄の姿だけ見ていてはわからない識別の難しさがあるのです。
*写真の無断転用を固くお断りします。
野鳥写真家
大橋 弘一
日本の野鳥全種全亜種の撮影を永遠のテーマとし、図鑑・書籍・雑誌等への作品提供をメインに活動。写真だけでなく、執筆・講演活動等を通して鳥を広く紹介することをライフワークとしており、特に鳥の呼び名(和名・英名・学名等)の語源由来、民話伝承・文学作品等での扱われ方など鳥と人との関わりについての人文科学的な独自の解説が好評。NHKラジオの人気番組「ラジオ深夜便」で月に一度(毎月第4月曜日)放送の「鳥の雑学ノート」では企画・構成から出演までこなす。『野鳥の呼び名事典』(世界文化社)、『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)、『庭で楽しむ野鳥の本』(山と溪谷社)、写真集『よちよちもふもふオシドリの赤ちゃん』(講談社)など著書多数。最新刊は『北海道野鳥観察地ガイド増補新版』(北海道新聞社)。日本鳥学会会員。日本野鳥の会会員。SSP日本自然科学写真協会会員。「ウェルカム北海道野鳥倶楽部」主宰。https://ohashi.naturally.jpn.com/
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