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季節ごとに注意すべき気圧配置と前線の動き|山岳気象予報士・猪熊さん監修解説【山登り初心者の基礎知識】
天気の変化に影響を与える高気圧・低気圧ですが、何となく「低気圧は天気が悪い」程度の認識しかないのではないでしょうか。今回は季節ごとに異なる注意点や気象遭難の危険が高まる天候について、国内唯一の山岳気象専門会社・株式会社ヤマテンの代表取締役で気象予報士の猪熊隆之さんの監修で解説します。
目次
高気圧と低気圧を簡単に理解する
高気圧と低気圧を視覚的に理解するには、地形の起伏をイメージすることが近道。周囲よりも気圧が高い部分である「高気圧」は盛り上がった山。周囲よりも気圧が低い部分である「低気圧」は陥没した窪地と考えてみましょう。
空気は水と同じで、気圧が高い方から低い方へと流れます。高気圧からは周囲へ風が流れ出し、低気圧へは周囲から風が流れ込みます。
低気圧の場合、流れ込んだ空気が気流によって上空へ押し出されて雲が発生するため、天気が悪化しやすいのです。
地形図で等高線の間隔が狭いと斜面の傾斜が急になるのと同じで、等圧線も間隔が狭いと、出入りする風が強くなります。等圧線の間隔が極端に狭い低気圧の代表例が、爆弾低気圧や台風です。
【ポイント】
・高気圧からは周囲に空気が流れ出す。下降気流が発生するので好天になる
・低気圧へは周囲から空気が流れこむ。上昇気流が発生するので雲が発生=悪天になる
・地形図の等高線と同様に、等圧線の間隔が狭いと強風になる(爆弾低気圧・台風)
高気圧・低気圧周辺の風向きを知る
先ほどの通り、高気圧は中心から外側へと風が流れ出し、低気圧へは外側から風が流れ込みます。実際には地球の自転の影響で風向きは右向きに変えられて上と下の図の矢印のように吹きます。
実際にこの作業を行ってみると、高気圧からは時計回りに風が流れ出し、低気圧へは反時計回りに風が流れ込んでいることがわかります。
登山を予定している日には、予想天気図で高気圧・低気圧の位置を知り、さらに、登る山と風が吹き上がってくる海との位置関係を重ね合わせると、その山周辺の風向きを知ることができます。
そして、進行方向(主に東側)では等圧線の間隔が広くても強風になることがあるのも、覚えておきましょう。
前回の記事(晴れ予報の日ばかりに登る“罠”とは|山の天気の基本を山岳気象予報士・猪熊さん監修で解説)では、山と海との位置関係と天気が崩れる風向きのパターンを地域別に解説しているので、参考にしてみてください。
【ポイント】
・高気圧からは時計回りに風が流れ出す
・低気圧へは反時計回りに風が流れ込む
・気圧が高い方から低い方に矢印を引き、自転を考慮して90°右に曲げると風向きがわかる
・山と海の位置関係で天候の変化を予測できる
好天を掴むには移動性高気圧を狙う
天候が変わりやすい春や秋に好天を狙いたい時に注目したいのが、移動性高気圧です。中国大陸から移動してくる乾いた空気を持つ高気圧なので、晴天となるのです。
暴風雪が続きやすい冬の日本海側の山でも、移動性高気圧に覆われるタイミングは、数少ない好天のチャンスです。
ただし、高気圧が西側にあるときは、東北地方、特に那須連峰で北西風が非常に強まることがあり、日本海側の山では天気の回復が遅れます。これらの山では、高気圧の中心が通り過ぎてから稜線に上がった方が安全に登山できます。
日本海に近い大山(1,709m)が、先ほどの写真のように好天に恵まれた日の天気図を見ると、西日本が移動性高気圧に覆われていることがよくわかります。
【ポイント】
・乾燥した中国大陸から移動してくるので晴天になりやすい
・特に冬の日本海側では数少ない好天のチャンス
大荒れの天気をもたらす日本海低気圧
日本各地に大荒れの天気をもたらすのが、日本海低気圧です。
日本海や沿海州を東や北東方向に進む低気圧ですが、東側では強い南風が吹き込み、高温と暴風雨に注意が必要です。
逆に西側では北西の風が吹き込み気温が急激に低下するため、低体温症のリスクが高まります。
上の高松市の写真が撮影された2020年1月8日は、日本海低気圧の接近で全国的に強風が吹き荒れました。高知県では竜巻が発生したほか、三宅島で最大瞬間風速34.5m/sを観測するなど、各地に被害がもたらされたのです。
【ポイント】
・東側は強い南風が吹き、暴風雨になる
・西側は北西の風が吹き、気温が急激に低下する
春山(3月〜5月)|低体温症・雪崩・熱中症に注意
雲ひとつない青空の下での登山は、新緑の芽吹きと相まって春山ならではの爽やかな時間です。このような好天が続きやすいのが、複数の高気圧が東西に連なった帯状高気圧に覆われた時です。
先ほどの写真が撮影された2022年5月10日は、東北地方の左右に高気圧があります。ふたつの高気圧を囲む南北の等圧線の間は、ハイベルトと呼ばれる好天域。春の登山日和としては、最高の条件といえるでしょう。
逆に注意したいのが、日本海低気圧が西から東に移動するタイミング。低気圧の西側では北風や北西風が吹き、低体温症のリスクが高まります。
2012年5月4日は、日本海を進む低気圧が東に抜けた後に等圧線の混んだ(風が強い)部分が北アルプスにかかり、強い北風が猛吹雪をもたらしました。
これによって、ゴールデンウィークの白馬岳(2,932m)をめざしていたベテラン登山者6人グループ全員が低体温症で死亡するという痛ましい気象遭難が発生したのです。
好天であっても、大雪の後の晴れは高い山では雪崩の危険性が最大限に高まります。2017年4月28日は高気圧に覆われて全国的に好天となり、北アルプス・白馬大雪渓では雪崩による山岳遭難が発生しました。
このように近年は4月から5月でも気温がかなり上がることも多くなりました。標高が低い山では、予想最高気温もチェックして熱中症に注意しましょう。
【ポイント】
・気圧の尾根(ハイベルト)の内側は好天
・日本海低気圧が西から東へ移動する時は、西側で北風が吹き高山は低体温症のリスクが
・高い山では大雪の後の晴れは、雪崩の危険性が最大限高まる
・低山では4〜5月でも気温がかなり上がるので、予報を確認して熱中症にも注意
梅雨(6〜7月中旬)|落雷・沢の増水・熱中症に注意
雨が続く時期ですが、いわゆる“梅雨の晴れ間”には快適な登山ができます。山によっては、花々も美しい季節です。
この条件は、山が梅雨前線の北側にある場合に出現します。さらに梅雨前線がU字型にくびれている北側では、乾燥した空気が流れ込み好天となる可能性が高いのです。
高気圧が近くにないときは、風下側の山を狙うと良いでしょう。
・太平洋側から風が吹くときは、日本海側の山
・日本海から風が吹くときは、太平洋側の山
上記の山に行くと、好天になる確率が高まります。
先ほどの大分県由布岳の写真が撮影された2023年6月20日は、まさに梅雨前線がU字型にくびれた北側に日本列島がある状態。九州本土をはじめ全国的に梅雨の晴れ間が訪れました。
ただし、梅雨前線付近と南側にある沖縄・奄美では大雨が続きました。翌21日に奄美大島の古仁屋で観測された1日あたりの降水量は、6月としては過去最高。こうした状況下での登山では、沢の増水にも注意が必要です。
梅雨前線が北へくびれていたり、南側に台風や温帯低気圧があると、大荒れの天気となります。こうした状況下での登山は避けた方が無難で、短時間の大雨による土砂崩れの危険性もあります。
先ほどの写真が撮影された2022年7月18日は、九州北部で線状降水帯が発生。対馬にある美津島では、95mm/1hという観測史上1位の大雨となりました。この日は前線や寒冷低気圧の影響で大気の状態も不安定になり、全国的に大雨や雷雨に見舞われたのです。
【ポイント】
・梅雨前線の北側の山は比較的穏やか
・梅雨前線がU字型になっている北側は乾燥した北風が流れ込み好天
・梅雨前線付近と南側は荒れた天気や大雨になる恐れ
・梅雨前線が北へくびれていたり、南に台風や温帯低気圧があると荒天に
夏山(7月下旬〜9月中旬)|落雷・沢の増水・熱中症に注意
関東の東海上や南海上に中心を持つ太平洋高気圧に覆われると、全国的に夏空が広がり、猛暑となります。好天の中で登山を楽しむことができますが、熱中症にも注意が必要です。
筆者もこの天候下で北アルプス・白馬岳(2,932m)へ登山していましたが、大量の水分補給が欠かせませんでした。
この日は太平洋高気圧に覆われて全国的に猛暑に。全国の197地点で猛暑日となり、北海道・札幌の最高気温も平年より8.1度高い34.3度を観測しました。
夏山でもっとも恐ろしい事象のひとつが落雷。前線が日本海から南下する時には、大雨と落雷に注意が必要です。
山頂や稜線で直撃を受ける場合もありますが、近くの木への落雷で感電する側撃という事例の方が数多く発生しています。
2002年8月2日の天気図を見ると、まさに前線が日本列島に横たわっています。この日、南アルプス・塩見岳(3,046m)で雷雨に見舞われた登山者が、近くの灌木に落ちた側撃雷を受けて死亡する事故が発生しています。
前線付近や前線の南側300km以内では、積乱雲が発達しやすく、落雷や強雨の可能性が高まります。
夏山のもうひとつの脅威が台風です。もちろん台風が上陸・通過する進路上での登山は避けるべきですが、接近中からリスクはあります。
台風の進行方向右側は危険半円と呼ばれます。これは、台風の右側で風がより強まるためです。
一方、大雨は進行方向左側でも発生するケースがあります。日本海側では左側、太平洋側では右側が大雨になることが多いのは、いずれも海からの湿った空気が山にぶつかって上昇させられるためです。
2023年8月に発生した岩手県の三陸沿岸での記録的大雨でも、東北地方は、まさに台風の進行方向右側に位置していました。先ほどの写真のように、八幡平(1,613m)の木道が水没したばかりでなく、岩手県に線状降水帯が発生。岩手県大槌では観測史上1位の69.5mm/1hの降水量を記録しました。これは、台風の周囲を吹く東風によって太平洋からの風が北上山地で上昇させられて雨雲が発達したことも要因になっています。
【ポイント】
・関東の東海上に太平洋高気圧、オホーツク海にも高気圧があれば全国的に夏型・猛暑
・太平洋高気圧に覆われれば、好天&猛暑
・前線が横たわるときは、大雨&落雷に注意
・台風は進行方向の右側が湿った南風が流れ込み危険
秋山(9月下旬〜11月)|熱中症・低体温症に注意
秋とはいえ残暑が続く前半と、高山や気圧配置次第では冬の装いで降雪も見られる後半では、リスクがまったく異なってきます。
前半は夏山に引き続いて、台風にともなう大雨と、低山では熱中症に注意が必要です。逆に高気圧が連なる気圧配置の時には、安定した好天が続き、高山では紅葉に彩られた秋山を楽しめます。
先ほどの写真が撮影された2019年9月26日は、まさに高気圧が東西に連なる状態。この時期に紅葉が見頃を迎える三ッ石山(1,466m)や栗駒山(1,627m)では、青空の下で色鮮やかな紅葉を楽しめました。
日本海側や北日本の高山では台風や低気圧が通過した後に冬型の気圧配置となるときは、低体温症に注意が必要です。紅葉を楽しみに軽装で出かけた登山者が、暴風や吹雪に見舞われて、大規模な気象遭難になることが多いパターンです。
先ほどの写真が撮影された2016年10月27日は、低気圧の通過後に北日本が冬型の気圧配置となりました。このため、羊蹄山(1,898m)でも降雪があり、霧氷が発生したのです。
秋も後半になり、温帯低気圧が発達して北上すると、冬型の気圧配置になります。等圧線が込み合ったり、上空の寒気が強いときには、西日本の山々でも冷たい雨や吹雪に見舞われることもあり、冬山を前提としたウェアリングをしていないと低体温症のリスクが高まります。
2020年11月28日はまさにこの気圧配置となり、翌日は先ほどの写真が撮影された伊予富士(1,755m)周辺の斜面にも霧氷が発生しました。
【ポイント】
・低山では秋の前半は熱中症と台風襲来による大雨に注意
・冬型の気圧配置となり、強い寒気が入るときには、西日本の標高の高い山でも冷雨・吹雪
・高山では吹雪になることもあれば、快晴無風の秋晴れを楽しめることも
・日本海側や北日本の標高の高い山では台風や低気圧が通過した後、大荒れの天気に
・高気圧が連なる気圧配置のときは、安定した好天が続く
冬山(12月〜2月)|低体温症・雪崩に注意
いわゆる西高東低という冬型の気圧配置になり、太平洋側の低山では好天が続きます。展望もよい冬枯れの道を歩くのは心地よいものですが、朝夕を中心に気温はかなり下がります。陽あたりのよい登りで暑さを感じる日でも、防寒着を携行して低体温症に注意しましょう。
一方で日本海側は低山であっても雪や雨の日が多く、積雪が多い地域では雪崩や雪庇の踏み抜きなどの夏山にはないリスクが出てきます。
登山に適しているタイミングは、晴れて風が弱まる日が夏山に比べて少なくなりますので、天候を読む力がより必要になります。
太平洋上を南岸低気圧が通過すると、普段は好天で乾燥している太平洋側でも大雪になることがあります。低山であってもトレース(踏み跡)がなく行動時間が大幅に増えたり、場所によってはスリップの危険性も。もちろん、低体温症のリスクにも注意が必要です。
先ほどの写真が撮影された前日の2022年2月10日は南岸低気圧が通過し、東京や千葉でも2cmの積雪がありました。山間部はさらに積雪が増え、高尾山でもこれほどの積雪に見舞われたのです。
冬の高山は完全に雪山の様相です。太平洋側の富士山や南アルプスでは天気が良くても強風となり、北アルプスや日本海側・北日本の山々はさらに厳しい気象条件となります。雪山登山の経験者以外は、足を踏み入れるべきではない世界です。
とはいえ、雪山登山初心者でも楽しむことが可能な山もあります。入笠山(1,955m)・霧ヶ峰(1,924m)・美ヶ原(2,034m)など積雪がそれほど多くない山では、好天に恵まれると快適な雪原歩きを楽しむことができます。
北八ヶ岳の樹林帯や黒斑山(2,404m)など、風の影響を受けにくい山も雪山登山の入門となる場所としておすすめです。
【ポイント】
・冬型の気圧配置で太平洋側の低山は好天が多いが、低温に
・南岸低気圧が通過すると、太平洋側の低山でも大雪になることも
・北海道〜山陰の日本海側では低山でも雪や雨が多く、荒れた天気になる日も。積雪が多い地域では雪崩や雪庇などのリスクが発生。冬型が強まると大荒れ
・高山:富士山、南アルプスでは天気が良い日が多いが、強風が吹くことが多い
中央アルプス、八ヶ岳、西日本では冬型が強まる日を避けること
北アルプス、日本海側、北日本の山ではリスクが多く、経験者向き
天気予報は外れることもある
例えば降水確率20%の天気予報であっても、山では大雨に見舞われることもあります。大切なのは、天気図や天気予報だけで分かったつもりにならないこと。
朝起きた時や、その日の行動を開始する前には、風向きや空気の湿り気などを肌で感じることが重要です。きつい行動ではうつむきがちになる登山中も、時々は立ち止まって空を見上げてみることがおすすめです。
特に、雲は天気の変化をリアルタイムに教えてくれる存在です。登山中に空の変化に敏感になることが、天候の変化をいち早くキャッチする近道なのです。
抑えておきたい関連記事:晴れ予報の日ばかりに登る“罠”とは|山の天気の基本を山岳気象予報士・猪熊さんが監修解説
猪熊隆之さんの推薦書
山の天気リスクマネジメント(山と溪谷社刊)
猪熊隆之・廣田勇介著
10の危険な天気図など山岳気象に必要なことがコンパクトにまとめられている
監修:猪熊隆之さん
気象予報士
株式会社ヤマテン代表取締役
中央大学山岳部前監督
国立登山研修所専門調査員および講師
カシオ「プロトレック」アンバサダー
「山の日」アンバサダー
茅野市縄文ふるさと大師
日本山岳会会員
2011年秋に世界的にも珍しい山岳気象専門会社・株式会社ヤマテンを設立。一般登山者向けに全国330山の「山の天気予報」を配信している。国内外の山岳地域で行われるテレビ・映画の撮影を気象面からサポートしているほか、山岳交通機関・スキー場・山小屋・旅行会社などに気象情報を提供している。空の百名山を朝日新聞で連載中。また、空の百名山プロジェクトを通じて全国の山をまわりながら、雲の解説をおこなっているほか、気象講習会への講師としての登壇や著書も多数。
登山歴はチョムカンリ(チベット)、エベレスト西稜(7,650ⅿまで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走など。2019年以降は、マナスル(8,163m)、チンボラッソ、コトパクシ(エクアドル)、マッターホルン、キリマンジャロ、など予報依頼の多い山に登頂し、山岳気象の理解を深める。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)
山岳ライター・登山ガイド
鷲尾 太輔
登山の総合プロダクション・Allein Adler代表。山岳ライターとして、様々なメディアでルートガイドやギアレビューから山登り初心者向けのノウハウ記事まで様々なトピックを発信中。登山ガイドとしては、読図・応急手当・ロープワークなどの「安全登山」から、写真撮影・山岳信仰・アウトドアクッキングなど「登山+αの楽しみ」まで、幅広いテーマの講習会を開催しています。とはいえ登山以外では根っからのインドア派…普段は音楽・アニメ・映画鑑賞や、読書・料理・ギター演奏などに没頭しています。
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