学ぶ
憧れの山へとステップアップするコースと知識|目標別に登山ガイドが伝授【山登り初心者の基礎知識】
山登りを始めると、多くの人に芽生える「いつか、あの山に登りたい」という思い。今の自分では体力・技術的に難しそうな山が、目標となることが多いでしょう。その山を憧れのまま終わらせないために、ステップアップに必要な過程とは? 今回は「富士登山」「槍ヶ岳・奥穂高岳」「テント泊縦走」を目標とした場合に必要な知識と、トレーニングに最適な山・コースを紹介します。
目次
あの山に登りたい!を叶えるために
大切なのは着実なステップアップ
いつかはあの山に登りたい……。その夢を叶えるために必要なのは、体力・技術レベルを少しずつ上げた山に登って、そこでの経験を糧にしていくことです。登山に飛び級はありません。一歩ずつステップアップしながらコツコツと登っていくことが、憧れの山への近道です。
ステップアップに必要な具体的な過程とは?
ひとくちにステップアップといっても、具体的なイメージが湧きにくいもの。ここでは一般的な登山におけるステップアップの順番や内容を、体力、知識、技術に分けて紹介していきます。
体力.1|歩行時間を長くしていき、長距離・長時間歩けるようになる
「コース選び上手への道」の記事で、初心者にとって無理のない1日の歩行時間は長くても4時間以内で、標高差600mまでのコースが無難と紹介しました。レベルアップのために、これを超えるコースにチャレンジしてみましょう。
とはいえ体力が足りず歩行ペースが思うように進まない場合も……。以下のようにエスケープルート(予定通りに歩ききれない場合にコースの途中から最短距離で山麓へ下山できるルート)が豊富なコースがおすすめです。
奥高尾縦走コース(陣馬山-堂所山-景信山-小仏峠-城山-高尾山)
ダイヤモンドトレイル(金剛山-金伏見峠-久留野峠-紀見峠)縦走コース
体力.2|標高差を大きくして、高い山にも登れるようになる
憧れの対象となる山の多くは、標高が高い山(標高差が大きな山)になることが多いでしょう。すなわち、こうした山の多くは標高差が1,000m以上と大きく、その区間を“登りっぱなし”や“下りっぱなし”になるのです。
まずは日帰りで、このように大きな標高差を登り・下りしてみましょう。以下のように体力・時間的に登頂が厳しい場合には引き返すことのできる、往復コースがおすすめです。
体力.3|山小屋に宿泊して、2日間連続登山できるようになる
間隔を空けて週に2回の日帰り登山をする場合と、山小屋に泊まって2日連続登山する場合を比較すると、やはり後者の方がハードルが上がります。慣れない環境で宿泊しつつ、前日の疲労を蓄積させないためにしっかり休養・食事をとる経験を重ねることで、複数日を必要とするロングコースも歩けるようになるのです。
まずは往復型で1日目と2日目の歩行距離・時間のバランスが良い、以下のようなコースがおすすめです。
苗場山 祓川コース(苗場山頂ヒュッテ泊)
金峰山 往復コース(金峰山小屋泊)
知識.1|登山装備やウェアを揃えて、使いこなせるようになる
それなりに高価であるがゆえに、登山に役立つ工夫が凝らされたスグレモノが多い登山装備。ただ「購入して持っている」だけでなく「使いこなす」ことが、快適かつ効率の良い登山につながります。
例えばザックであれば、自分の身体にフィットするモデルを購入した上で、知るべきは以下の通り。
・重心・バランスや使用頻度・取り出しやすさを考慮したアイテムの収納方法(パッキング)
・各種ベルトを締めてザックの形を整えたり荷重が腰・肩に分散されるよう背負う方法(フィッティング)
これらをマスターすることが、そのザックを「使いこなせている状態」と言えるでしょう。
知識.2|登山計画を自分で立案できるようになる
初心者にとって心強いのは、経験豊富な先輩登山者に同行したり、登山ツアーに参加するという「連れて行ってもらう」タイプの登山。ステップアップを目指すには、登山計画を自分で立案できるようになることが必要です。
自分やメンバーの体力・技術に合った山・コースを選び、必要事項を網羅した登山計画書を作成する過程で必要とされる情報と向き合うことで、客観的・俯瞰的に自分の登山を捉えることが可能になります。
▼参考記事
コース選び上手への道|単独・同行者ありの注意点も
登山計画書(登山届)の作成でリスクを減らす
技術|目的とする山や登山スタイルに合った技術を身に付ける
ここまで紹介してきた体力・技術面のステップアップの過程は、どんな山や登山スタイルでも必要とされるものです。しかしここから先の技術は、目的とする山や登山スタイルによって、必要とされる内容は異なります。
次項からは具体的な目的別に、どのようなステップアップの過程が望ましいかを紹介していきます。
ケース①|富士山に登るためのステップアップ
キーワードは「長時間歩行」「高所登山」
言わずと知れた標高日本一の山・富士山(山梨県/静岡県、3,776m)。登山を始めた人なら、まずは登ってみたい山でしょう。文字通り「大きくて高い山」である富士山に登るためのステップアップのキーワードは「長時間歩行」と「高所登山」です。では具体的におすすめなステップアップの過程を紹介します。
Step1|まずは短時間歩行の低山で山歩きに慣れる
登山初心者の最初の大きな目標となることが多い富士山。まずは初心者にとって無理のない歩行時間4時間前後・標高差600m前後の低山の日帰り登山で、山歩きそのものに慣れることから始めましょう。以下のコースでは富士山を望むこともでき、モチベーションも高まります。
金時神社入口バス停発着|金時山・長尾山・乙女峠周回コース
石割山神社駐車場-石割山-平尾山-大平山 周回コース
Step2|長時間歩行の低山で標高差1,000m超にチャレンジ
富士山は登山口の標高がもっとも高い富士宮ルートでも1,391m、登山者がもっとも多い吉田ルートでは1,716mの標高差を登降します。Step1のスペックの山・コースを無理なく歩けるようになったら、標高差1,000m以上、歩行時間7時間程度のロングコースの日帰り登山にチャレンジしてみましょう。こちらも途中で体力的・時間的に厳しいと感じたら引き返すことのできる往復コースがおすすめ。以下のコースでも山頂から富士山を望めます。
鳩ノ巣駅-大根ノ山ノ神-川苔山 往復コース
大倉バス停発着|塔ノ岳往復コース
Step3|山小屋に宿泊して2日間連続しての長時間行動にチャレンジ
富士登山は中腹の山小屋に1泊して、翌日に山頂を目指すのが無理のないスタイル。特に2日目は長時間歩行となります。これに備えて山小屋に宿泊しての1泊2日の登山にチャレンジしてみましょう。こちらも山頂や稜線から富士山を望めるモデルコースを以下に紹介します。
雲取山 鴨沢 往復コース(雲取山荘泊)
西沢渓谷入口バス停-木賊山-甲武信ヶ岳 周回コース(甲武信小屋泊)
Setp4|火山地形特有のガレ場を体験
ここまで比較的トレーニング要素の強いステップを紹介してきましたが、これだけでは単調になりがち。富士山の付加的要素として“噴石が積み重なったガレ場”や“火山礫が広がるザレ場”がある活火山であることが挙げられます。
そこで、同じような景色が広がる活火山での登山を体験してみましょう。紹介するのは趣向を変えた登山を気軽に楽しむためのロープウェイを利用して中腹までアクセスできるコースですが、トレーニングを兼ねて山麓から登るコースを選んでも良いでしょう。
山頂駅-茶臼岳 周回コース
山頂駅発着|七色平避難小屋・日光白根山周回コース
Step5|高所登山&宿泊体験でリハーサル
例年7月に入ると標高3,000m級の山々も残雪が少なくなり、夏山装備での登山が可能になります。富士登山本番前のリハーサルとして、本格的な高山に「登って・泊まる」体験がおすすめです。
体調や体質によっては高山病の症状が出る場合もありますが、これを防止するための深い呼吸や、高所順応(長めの休憩をとりながら少しずつ高所に身体を慣らす)などを実践することが大切です。
以下のように富士山に近い火山地形の景観が広がる山に登れば、より臨場感あふれるリハーサルとなるでしょう。木曽御嶽山は複数の山小屋がありますが、なるべく標高の高い施設へ、白山は山頂直下の白山室堂への宿泊がおすすめです。
飯森高原駅-御嶽山-摩利支天乗越-摩利支天山 往復コース
別当出合登山口-白山 周回コース
Step6|いよいよ富士登山にチャレンジ!
ここまでのステップを着実にこなしてくれば、富士登山の成功チャンスはかなり高いと言って良いでしょう。あとは体調を整えて、天候に恵まれることを祈るのみ。初めての富士登山であれば、登山者がもっとも多く宿泊・休憩する山小屋の数も多い吉田ルートがおすすめです。
ケース②|槍ヶ岳・穂高連峰に登るためのステップアップ
キーワードは「長距離歩行」「岩稜歩行」
天を突く鋭い山頂がひときわ目を惹く槍ヶ岳(長野県/岐阜県、3,180m)、日本第3位の標高を誇る奥穂高岳(長野県/岐阜県、3,190m)を主峰とする穂高連峰は、北アルプスで人気を二分する存在。
その険しい山容から「岩稜歩行」だけが注目されがちですが、初めての人向けのコースの場合、その技術が必要になるのは山頂周辺のみ。実際は登山口となる上高地から往復38.4km(槍ヶ岳)・往復34.7km(奥穂高岳)と長距離を歩く体力も重要です。
Step1|難易度が低めの岩場で岩稜歩行の基礎を習得
槍ヶ岳・穂高連峰をはじめとする岩稜では、足だけでなく手でも岩を掴んで登降する必要のある場所があります。この場合に次の一歩を踏み出す時に動かして良いのは、両手・両足の4つの支点のうちひとつだけ。残りの3点は常に岩をしっかり踏んで(掴んで)いる「三点確保(三点支持)」という動きが原則になります。
まずは斜度がゆるやかで高度も低い、難易度が低めの岩場がある山でこの動きを身体に覚え込ませましょう。以下のコースは歩行距離・時間が短いので、同じ岩場を何度も繰り返し歩いて練習するのもおすすめです。
Step2|岩場を含む長時間歩行を日帰り登山で実践
冒頭に述べた通り、長時間歩行も必要な槍ヶ岳・穂高連峰。まずは日帰りで、コース上に岩場を含む長時間歩行を実践してみましょう。ロングコースを歩きつつ岩場では集中力を発揮するためには、しっかりとした体力が必要なことを実感できるでしょう。
奥多摩駅〜御岳山駅|大岳山・御岳山+主要4座縦走コース
ヤビツ峠バス停〜大倉バス停|表尾根・塔ノ岳・大倉尾根縦走コース
Step3|難易度がやや高めの岩場で岩稜歩行を実践
Step1程度の岩場でスムーズに行動できるようになってきたら、少し難易度を上げた岩場にチャレンジしてみましょう。もちろんこれらの岩場は、転倒・滑落などの可能性もある場所です。本番同様にヘルメットを着用した上で、危険や恐怖を感じたら無理に行動を続けることはやめましょう。
おすすめの山は以下の通り。長い鎖場を経験するなら乾徳山、連続するハシゴを経験するなら石裂山(月山)、本番に近い標高の岩場を体験するなら宝剣岳がおすすめです。
乾徳山登山口-乾徳山 往復コース
月山(栃木県鹿沼市) 登山ルート
千畳敷駅-宝剣岳 周回コース
Step4|岩場を含む長時間歩行を宿泊登山で実践
いよいよ本番前のリハーサル。槍ヶ岳・穂高連峰とも登山口(上高地)までのアクセスも考えると最低でも2泊3日のスケジュールが必要です。山小屋に宿泊して、着替えや行動食なども含めたそれなりの重量の装備を背負った状態での2日間連続の岩稜登山を実践してみましょう。
土合口駅-西黒尾根登山口-谷川岳-天狗の留まり場-熊穴沢ノ 周回コース(肩ノ小屋泊)
赤岳山荘駐車場発着|赤岳・地蔵ノ頭周回コース(赤岳鉱泉・行者小屋などに泊)
北沢峠〜仙水峠〜甲斐駒ケ岳〜双児山〜北沢峠 周回コース(こもれび山荘・大平山荘などに泊)
Step5|いよいよ北アルプスの岩稜にチャレンジ!
ここまでのステップを経験しても、体力も集中力も必要な長時間・長距離の岩稜歩行にはさらなる経験が必要。初めての人なら、槍沢ルートからの槍ヶ岳か、涸沢ルートからの奥穂高岳もしくは北穂高岳(長野県/岐阜県、3,106m)がおすすめです。
槍ヶ岳の表銀座縦走コースや、前穂高岳(長野県、3,090m)・西穂高岳(長野県/岐阜県、2,908m)は、槍ヶ岳・穂高連峰への登山2回目以降にチャレンジするのが望ましい、ややレベルの高い山・コースとなります。
上高地バス停-河童橋-槍ヶ岳 往復コース
上高地バス停-河童橋-奥穂高岳 往復コース
上高地バス停-河童橋-北穂高岳 往復コース
ケース③|テント泊縦走を楽しむためのステップアップ
キーワードは「テント設営&自炊技術」「重い荷物での登山」
自分だけの居住スペースであるテントを背負って縦走しながら山々を逍遥することは、登山をする人にとってロマンを掻き立てられるもの。とはいえ、風に弱いテントをペグや張り綱でしっかり固定する技術はもちろん、自分で食事を調理する技術、そしてシュラフ(寝袋)やマットを含めたすべての荷物を背負って歩く体力など、様々なスキルが要求されます。
ここでは少しずつスキルアップしながら、最終的に北アルプスのテント泊縦走をするためのステップを紹介します。
Step1|山麓のベースキャンプに宿泊する
まず炊事場などの設備が整った山麓のキャンプ場に宿泊。テントの設営技術や今後の軽量化を前提に、食材を調理しての自炊技術を練習してみましょう。翌日の登山ではテント内に余分な荷物を置いていくことが可能なのがベースキャンプの魅力ですが、余裕があればトレーニングも兼ねて、全ての装備を背負っていくのも有効です。
毛無山 往復コース(ふもとっぱら泊)
奥多摩駅-本仁田山-瘤高山-大根ノ山ノ神-鳩ノ巣駅 縦走コース(氷川キャンプ場泊)
Step2|山中のベースキャンプに宿泊する
続いては荷物を背負って登山道を歩き、山の中のキャンプ場にテントを張ってみましょう。山麓のキャンプ場と違い、自然の地形そのままの場所で、しっかりとテントを張る技術が必要。風の音などが気になって眠れず、耳栓の必要性に気づくなど、このステップでの経験が大きく役立ちます。天気が良ければ、夜は満天の星など“山の中に泊まる醍醐味”を実感できるでしょう。
瑞牆山荘バス停発着|富士見平小屋・瑞牆山往復コース(富士見平小屋テント場泊)
立山室堂ターミナル-一ノ越-立山 周回コース(雷鳥沢キャンプ場泊)
Step3|2泊以上かけて往復コースを歩く
いよいよ2泊以上のテント泊にチャレンジしてみましょう。食糧や着替えが増える分、荷物がぐっと増えてきます。まずは万が一の天候悪化や体調不良の際に引き返すことが可能な往復コースで、テント場も風が強い稜線を避けた場所がおすすめです。
上高地バス停-涸沢カール 往復コース(徳沢キャンプ場・国設涸沢野営場泊)
笠新道登山口-小池新道登山口-弓折乗越-双六岳 往復コース(わさび平小屋テント場・双六小屋テント場泊)
Step4|テント泊で北アルプスを縦走!
最後に本番として、テント泊で北アルプスを縦走してみましょう。特に稜線上のテント場からの夕焼け・星空・朝焼けなど刻々と変わる空の表情をテントから顔を出して眺めるのは、このスタイルの醍醐味と言えるでしょう。
昨今は山小屋だけでなく、テント場も事前予約が必要。特に稜線上のテント場は面積が狭く張れるテントの数も限られているため、登山シーズンの週末はあっという間に予約がいっぱいになることも。余裕を持ってスケジュールを立てましょう。
燕岳登山口-合戦沢の頭-燕岳-大下りノ頭-大天井岳-常念乗 縦走コース(燕山荘テント場・常念小屋テント場泊)
室堂登山口-浄土山-獅子岳-ザラ峠-五色ヶ原-鳶山-越中沢 縦走コース(五色ヶ原山荘テント場・スゴ乗越小屋テント場・太郎平小屋テント場泊)
ステップアップには様々な経験が必要
ステップアップの過程で複数回の登山を繰り返す途上では、残念ながら天候に恵まれないこともあるでしょう。しかし目標とする山があるならば、土砂災害や低体温症のリスクがある場合を除き、雨でも登山に出かけてみるのもひとつの選択肢です。
レインウェアを着て濡れや寒さを経験したり、アイテムをなるべく濡らさずにテントを設営する技術などを身に付けることは、その先のステップの大きな財産になります。
無理なく着実なステップアップで、憧れの山に一歩一歩近づいていく過程……。安全で快適な登山を楽しむためにも、実践してみてください。
登山にあたり、命を守るために身につけておくべき装備・道具や、知っておくべき知識・技術は色々ありますが、登山保険もぜひ入っておきたい、大事な備えのひとつ。
YAMAPグループの「外あそびレジャー保険」は、いざ遭難救助が必要になったときの高額費用や、部位・症状別のケガの補償をしてくれるだけでなく、登山以外での外遊びや日常のケガの補償もしてくれます。
また、遭難・行方不明時には、同じ山に登っていたYAMAPユーザーから目撃情報を募ることができるサービスも提供。
期間は7日から選べるので、単発での山行にも対応。登山や海・川でのアクティビティによく行く方にも便利な保険です。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)
YAMAP MAGAZINE 編集部
登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。
この筆者の記事をもっと読む公式SNSで山の情報を発信中
自然の中を歩く楽しさや安心して山で遊べるノウハウに関する記事・動画・音声などのコンテンツをお届けします。ぜひフォローしてください。