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ハイカーズデポ土屋さんに聞く「ウルトラライトハイキング」の魅力 | UL入門(前編)
ここ数年でじわじわと浸透してきた、UL(ウルトラライト)。でも、「ULって何?」 と、あらためて聞かれると、「よくわからない」「明快に答えられない」という人も少なくないのではないでしょうか。そこで編集部では、東京・三鷹のアウトドアショップ「ハイカーズデポ」の土屋智哉さんへのインタビューを実施。日本におけるUL第一人者である土屋さんに、ULの基本からウルトラライトハイキングの魅力や哲学、そして自身がハマったきっかけについて伺いました。
UL入門【前編】/インタビュー後編はこちら
目次
荷物を軽くすると、歩くことにピュアになる
ーULをまったく知らない人に「ULって何?」と聞かれたら、何と答えますか?
土屋:ものすごくシンプルに言えば、ウルトラライトギアは読んで字のごとく「超軽い道具」、その超軽い荷物で山に行くのがウルトラライトハイキング。ということになるんですが、「軽い」という感覚はあくまで主観的なものなので、もっと明確な基準が必要になるわけです。つまり、「水、食料、燃料を除いたバックパックの総重量が4.5キロ以下になるようにして山に行くスタイルのことをウルトラライトハイキングと言います」というのが、誰にでも分かりやすい言い方だと思います。水、食料、燃料は人によって多い少ないのばらつきが出やすいから、あらかじめベースウェイトから抜いちゃうというのがポイントですね。
ーウルトラライトはなぜ生まれたのでしょうか?
土屋:もとを辿ればULはロングトレイル、つまり長い距離を歩くための方法論として生まれたものです。UL発祥の地アメリカには、アパラチアン・トレイル(AT)、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)という三大トレイルがあるのですが、どれも4000km前後の長大なコースなので、一度に歩き通そうと思ったら半年くらい必要になります。半年間もトレイルを歩き続けるとなると、当然装備はシンプルなほうがいいし、軽いほうがいい。そこでウルトラライトハイキングが考えられたというわけです。実際、ロングトレイルを歩いていると、最初は「使うかもな」と思って持っていったものが全然使われなかったりするので、自然と荷物はコンパクトかつシンプルになっていきます。
ーアイテムとしてはどんなものが減るんですか?
土屋:一番多いのは着替えでしょうね。あとは、お楽しみグッズ。僕らにとっての登山は多くの場合、週末の非日常です。非日常だから仮に使わなかったとしても持っていくこと自体が楽しいから、お楽しみグッズを持参するのも問題ないですよね。
でも、ロングハイキングをしていると、日常と非日常が逆転するんです。自然の中を歩くことが非日常ではなく日常になっていって、歩くことに意識がどんどん集中していく…。歩くことにピュアになってくという表現をしてもいいかもしれないですね。自分とトレイル、そして自然との会話、歩くという単純な行為に対して、どんどんピュアになっていくと、「他のものなんていいや、歩ければいいじゃん」という感覚になるわけです。
ウルトラライトの本質は、自然との一体感
ー土屋さんは国内におけるULの第一人者として活躍されていますが、土屋さん自身がULにハマったきっかけはなんだったのでしょうか?
土屋:きっかけは2000年頃、アメリカの展示会会場でゴーライトのブースでペラッペラのバックパックを目にしたことですね。かなり衝撃を受けましたよ、「なんじゃこりゃー」って(笑)。こんな道具でいいのか、とも思いました。
けれど、ULにハマったのは決して道具の目新しさだけではありません。入り口はギアの斬新さや物珍しさでしたけど、自分でもULについて調べていくうちにその哲学的な部分に惹かれるようになりました。ULの本質は単に荷物を軽くすることではなくて、軽くした先にあるのは自然との一体感を楽しむためなんです。
ー自然との一体感?
土屋:そう、荷物が少ない方が自然をより身近に感じることができるんですよ。例えばテントで寝るよりタープで寝た方が月も星もよく見えるし、朝日が差し込むのもよくわかる。時には動物の気配だって間近に感じられる…。もちろん悪天候下ではプロテクションが高いのはテントの方だけど、自然との一体感を得るならば、自然と自分とを隔てるものが少ない方がいいわけです。
ーなるほど。ULはただ軽いだけではなくて、軽くした先にある自然との対話や一体感を楽しむための方法論なのですね。
土屋:じつはULに出会う数年前から、登山とは別でボディボードやボルダリングもよくやっていたんですけど、これがものすごく楽しかったんですよ。それこそ「自然との一体感」ですよね。自分と波との間には板が1枚あるだけ、自分と岩を隔てるのはシューズだけ。そういうシンプルに自然と向き合えている感覚って、そのままULにも通づるんです。だからULの哲学に触れたとき、思ったんですよね。ああ、自分がボディボードやボルダリングをやっていてあんなにも強く「自然との一体感」を感じられるのは道具が少ないからなんだ、と。
ー自然との一体感を身近に感じたいという感覚は、登山者に限らず自然を相手にするアクティビティをする人なら、本来的に誰もが持っているものなのかもしれませんね。
土屋:例えばオートキャンプを否定するわけではないけれど、山にオートキャンプのような大掛かりな調理器具や具材を持ってくる人はいないですよね。個人差はあっても、みんな必要最低限の荷物で登るはず。それって、「自分はより自然と近いところにいるんだ」という満足感や充実感を得るためなんじゃないかなと思います。ウルトラライトはそういった感覚をより研ぎ澄ますための方法論と言えるのかもしれません。
日本の山をULで歩いてみた
ー土屋さんは、2000年代前半からULギアで日本の山々を歩き、その様子をブログに掲載するという活動をされていました。どうしてやってみようと思ったのですか?
土屋:まず、ULの発祥がロングトレイルであること。当時、日本でも道具から入ってULを始めた人たちがちらほらいたけれど、「ほんとにこれで山行けんのか?」って半信半疑だったし、みんなどこかで「日本とアメリカは違うしな」とか、様々な理由をつけて道具を信用しきれなかったんですよね。だから道具のテストもまずは自宅の庭や近所の公園や河原、そうした近場でまずは試してみることからスタートしていました。フィールドテストのリポートも近所の山でのキャンプなどが中心でした。でも僕としては、アメリカで実際歩いている人たちがいるんだから日本でもできるだろうと思っていました。
そして何よりも、日本でもできそうだと手応えを感じていたから。ULについて調べるうちに、ULは海外から入ってきた名前だけれども、じつは自分が今まで経験してきた日本での登山となんら変わらないことなのだと気がついたんですね。タープで寝るのは沢登りと一緒だし、ウエストベルトやパッドがないぺらぺらのザックもアタックザックと一緒。アルコールストーブや固形燃料での調理も、非常用として持ち歩いていたエスビットで湯を沸かしたり、米を炊いたことと変わらないなと。長距離を歩くことだって、海外遠征の前に、洞窟探検の装備を担いでハセツネ(日本山岳耐久レース)に出たではないか…。なんだ、全部やったことあんじゃん、と思ったら、気持ちの上でのハードルが下がったんです。
土屋:それからもうひとつ。ULを提唱したレイ・ジャーディンの著書『Beyond Backpacking』を読んで、それまでの自分の登山に対する価値観がいい意味で変わるかもしれないと感じたからですね。「あれ、もしかしてこのやり方をすれば、俺がずっと下に見ていた一般道での登山がものすごく楽しくなるんじゃないか?」って予感がして(笑)、それで自分でも実践してみることにしたんです。
ーえ、一般登山道の登山を見下してたんですか?!
土屋:正直、してましたね。学生時代に山岳部や探検部で登山をしていたりした人間は多かれ少なかれそうした価値観を経ていると思いますよ。わたしも探検部だったくらいですから、価値観の根本にはアルピニズムがあるわけです。より高く、険しく、未踏峰、未踏のルート。これらを一番の価値とする文化の中では、一般登山道には価値を見出しにくいんです。アルピニズムにおいてはそうならざるを得ない…。わたし自身はボディボードやボルダリングを楽しむ中で、探検とは違う「自然とシンプルに向き合うことの楽しさ」を実感しながらも、やはり心のどこかでアルピニズム的価値観にまだまだ左右されている自分もいました。
けれどULと出会って、登山をめぐる価値観がガラッと変わりましたね。多様性をきちんと受け入れられるようになったんです。未知や未踏峰を目指す以外にも、登山の楽しみ方はあるのだとようやく気づけました。歩くことただそれだけで自然との一体感を得ること、そしてそのことがこんなにも楽しいものなのかと実感したんです。もちろん、本来的な意味でのアルピニズムもいまだに好きですが、技術的な向上や未知、未踏の追求が魅力的な活動であるのと同じように、トレイルをただ歩き続け、自然との対話や自らを内省すること、そして歩くこと自体を楽しむスタイルも純粋に興味深く、価値があるのだと思うようになりました。
「軽量化」は「軽装化」ではない
ーどんなところを歩かれたんですか?
土屋:最初は奥多摩の長沢背稜です。あとは日原の尾根や谷をフラフラしながら一泊二日とか。基本的に人が少なそうな場所を選んで歩いていました。人が多いところだと文句を言われるかなと思ったので。その当時、ULはネットでも叩かれてましたから。
ターニングポイントになったのは、奥多摩全山を縦走してその過程をブログにアップしたことですかね。それまでは日帰りや1泊2日程度で距離的なトライアルはしていませんでしたから、一般的には4〜5日かかる距離をULで歩いてみるのはちょっとしたチャレンジでもありました。今の僕があるのは、やはりあの頃、実際にULで山を歩いたことが大きいと思います。歩いたおかげで、関東近郊のUL著名ブロガーやアルコールストーブビルダーのみなさんとの関係ができて、彼らのコミュニティに僕が入っていくきっかけにもなったので。
ー「ULなんて道具だけ。山では使えないでしょ」という声をいい意味で裏切ることに成功したんですね。
土屋:もちろん失敗もしてますけどね。ULスタイルで朝日連峰に歩きにいったときは、まだ残雪が多かったんです。水場が全部雪の下で水が汲めず、でも雪を溶かせるだけの高火力のストーブも無く…。ジップロックに雪を入れてザックの背中に当てて体温で溶かそうとしたりと水づくりの試行錯誤をしたのですが、結局敗退しました。
ー失敗談もブログに?
土屋:はい。失敗談をブログにアップすると当時はそれ見たことかと言わんばかりに否定的な意見を挙げる人たちもいましたけど、それもある意味仕方のないことですよね。
ーというのは?
土屋:俯瞰して眺めれば、登山道具の歴史は軽量化の歴史と言えますよね。だから道具の軽量化そのものは悪ではないんです。それでもULに対して否定的な気持ちが生まれるのは、「ウ・ル・ト・ラ」だから。軽量化以上の特別なものなんだ!って自ら宣言しちゃっている。インパクトが強い分、それを自意識過剰なものとして否定してしまう気持ちはわからないでもないんです。自分の想定や理解の範疇を超えた対象はそう簡単に受け入れてもらえませんよね。
土屋:ULは往々にして登山に必要な装備まで置いていってるという勘違いをされがちです。実際はエマージェンシー系も含めて必要なものは全て持っていくわけですが、「軽量」化することで「軽装」になるととらえられてしまうんですね。「軽装」っていい印象ないですよね。
ULを実践するなかで、ああ、こうした勘違いを少しずつでもなくしていきたい。これから提案するULというものを多くの人はまだ理解してくれないだろうけど、だからこそ正しく理解してもらうための場を自分が作りたいと。そんなふうに思いました。奥多摩・奥秩父の山々に足繁く通って小屋の人たちとの繋がりを作ったのも、ULを誤解して欲しくないという気持ちが根底にあったから。その想いは10年前にお店を始めた時も今も変わりません。
土屋智哉(つちや・ともよし)
Hiker’s depot オーナー
東京三鷹にてウルトラライトハイキングの専門店ハイカーズデポを営む。北米のジョン・ミューア・トレイル、コロラド・トレイルなどをスルーハイク。日本国内でも奥多摩から北アルプス立山までの300km山岳ハイクなどを実践。また、パックラフトによるアラスカでの川下りもおこなっている。著書に『ウルトラライトハイキング』(山と溪谷社)がある。
YAMAP MAGAZINE 編集部
登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。
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