投稿日 2023.12.27 更新日 2024.01.13Sponsored

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【前編】熊野古道伊勢路と低山で楽しむ、海と岩の絶景旅|海に岩の殿堂、山には巨岩

今回の旅の舞台は「熊野古道 伊勢路」。伊勢神宮を起点に、三重県の北から南へ伸びるこの道は、古くから人々の憧れの地とされてきた「熊野三山」へと続きます。神秘的な石畳の道から、低山から臨む青く澄んだ海の絶景など、実は登山者にとっても魅力があふれる初冬の伊勢路で、ぜいたくな山旅に出かけてきました。

旅人は、低山トラベラーで山旅文筆家の大内征さんと、登山を愛するモデルの菖蒲理乃さん。伊勢路で出会う絶景を堪能した旅の様子をのぞいてみましょう。

文=大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)

目次

神宮式年遷宮の年の瀬に、お伊勢さんに詣でたことがあった。式年遷宮とは、神社において定められた年にお宮を遷すことであり、社殿や調度品などを新しく造りかえる特別なお祭りのことである。

伊勢においては20年に一度と定められた、神宮最大の神事。およそ1300年前に天武天皇の思いからはじまって、2013年には62回目を迎えた。なんともすんごいお祭りなのだ。

式年遷宮の年、神宮にて(写真:大内征)

そのときの伊勢の旅は忘れがたく、人が織り成してきた信仰の深さがぼくの心にしっかりと触れた。お天道様に照らされた神域の森の木の葉や、五十鈴川の水面、夫婦岩に打ち寄せる白波の輝きにも、すっかり心を打たれた。

あれからちょうど10年になるいまも、ぼくは三重県の自然に魅了され、足しげく通い続けている。とりわけ営み豊かな熊野古道の伊勢路とその周辺の低山はお気に入りで、神宮とはまた違った熊野信仰の奥深さに、何度歩いても心を躍らせるばかりだ。

そもそも紀伊半島が面白い。古くは巨大な海底火山の活動とフィリピン海プレートの突き上げによる隆起とで大地が創られ、屋久島と並び日本一ともいわれる雨量によって台地が削られ続けてきた。今日の複雑で美しい山並みと海岸線は、そういう地球の物語の賜物なのだ。

そこに伊勢神宮をはじめ、高野山の金剛峯寺、吉野山の金峯山寺、そして熊野三山という神道、密教、修験道の異なる信仰の地が共存している。それらの異なる“道”は争いを生むことなく、かといってただ共存しているだけでもない。互いに“路”で結ばれ、人の祈りのネットワークが古くから構築されてきた。それこそが、熊野古道である。

こうした世界的に稀有な文脈が評価され、熊野古道は「紀伊山地の霊場と参詣道」なる世界遺産の決定的な構成要素となった。2024年は世界遺産登録から20周年という記念の年でもある。あの式年遷宮の伊勢詣での旅のように、来年は縁起の良い熊野詣でができるに違いないと、いまからワクワクしている。

伊勢路を歩くのは初めてだという菖蒲理乃さん。スッとした立ち姿も表情も魅力的なお方!

なーんてことを考えていた矢先のことだった。YAMAP MAGAZINE編集部から、初冬の伊勢路を案内してほしいと相談が入る。ぼくの得意な地域だ。ちょっと出来すぎなタイミングに驚きつつも、それならばと伊勢路らしい魅力をぼく自身が実感した尾鷲市と熊野市に焦点をあてて、旅の先達をすることになったわけだ。

ただし今回は、これまでのような単独取材ではない。旅のパートナーとして、登山誌のモデルやラジオ番組などで活躍する、菖蒲理乃(しょうぶ・あやの)さんが参加するのだ。つまり、ぼくに課された大きな役割は、伊勢路でこの“旅の達人”を笑顔にすることに他ならない。うーん、これは気合が入るぞ。

海を楽しむ伊勢路│圧倒的な岩の殿堂! 松本峠から鬼ヶ城の絶景周回ルート

【参考コース】熊野市駅~鬼ヶ城歩道トンネル~松本峠~鬼ヶ城跡~鬼ヶ城~熊野市駅(6.5km 6時間)

このルートが含まれる地図はこちら

理乃さんと待ち合わせたのは、JR紀勢本線の熊野市駅。一日目はここを起点・終点として、伊勢路の名所のひとつ「松本峠」と巨大な岩の殿堂「鬼ヶ城」をぐるりとまわるコースを歩く。

そこに、にこやかな笑顔で登場した理乃さん。歩く前から笑いっぱなしである。それもそのはず、伊勢路を歩くこと自体が初めてのことらしい。まだ見ぬ新しい風景を想像し、朝からご機嫌なのだそう。その笑顔に、ついこちらも釣られて笑ってしまう。笑顔はそれだけで会話の代わりになるものだ。これは幸先がよい。

熊野市といえば、ぼくは真っ先に白い砂利浜を思い浮かべる。およそ22kmにおよぶ日本一長い砂礫海岸、七里御浜の印象が鮮烈なのだ。真っ青な熊野灘と幾重にも押し寄せる白い波を、両腕を広げたような長大な弓なりの浜が受け止めている。この美しくてダイナミックな海の絶景を眺めながら歩けるのが、今回のコースの真骨頂。理乃さん、どんな笑顔を見せてくれるだろうか。

難所で名所「松本峠」と、海を見渡す山城「鬼ヶ城跡」

熊野市駅から松本峠に向かうときに通る鬼ヶ城歩道トンネル。電灯があるのでヘッデンは不要

快晴ながら、路には前夜の少雨が残っていた。設置された杖をじっくり吟味する理乃さん

松本峠までのアクセスは、熊野市駅から商店街を経て鬼ヶ城歩道トンネルを歩くルートがおすすめだ。こうすることで大泊駅側の登り口から伊勢路に入り、それまで背を向けていた熊野三山に対して前から向き直すことができるというわけ。

江戸期の石畳や、数多の旅人が踏んだであろう木の根が張った路は、古道の気分を存分に伝えてくれる。理乃さんもこの抜群の雰囲気に魅入られてしまったようで、おのずと会話も弾む。木漏れ日が気持ちいいねとか、雨の日は滑りそうだねとか、日ごろどんな山歩きをしているのとか、最近はどんな仕事をしたのとか、そんな他愛もない話がとても楽しいし、すごく嬉しい。

熊野古道を象徴する石畳や木の根の路。古道歩きらしさを演出してくれる杖が、これまたよい

出発からおよそ70分で松本峠に至る。古来、峠とは境だった。境は“坂”でもあるから、向こうからやって来るものが良いものなのか悪いものなのか、よく見えない。

しかしながら、峠は山の地形の中でも比較的越えやすいところに通されている。そのため、文化や産物といった良いものが入ってくる経路としては開かれ、悪いものを塞(ふさ)ぐ場所としては護られもしてきた。

ゆえに峠には旅人の無事を見守り、住人の魔除けとしての力を併せもつ神仏が祀られることが多い。これを「塞(さい)の神」とか「岐(くなと)の神」という。いわゆる道祖神の原型である。

江戸時代、鉄砲の名人が大きな影に驚いて鉄砲を放ったという。影の正体がこのお地蔵さま

松本峠も例外ではなく、人間の背丈に近いお地蔵さまが出迎えてくれる。かわいらしいお召し物は地元の方によるものだろうか。思わず手を合わせてしまう優しい雰囲気に満ちている。

ところが、ここに伝わるエピソードはちょっと物騒。なんと「妖怪と間違われ、鉄砲で撃たれてしまった」というのだ。それも、建立の初日に!

なんとも気の毒な話だけれど、山では油断をしてはいけないという戒めだと受け取るのはどうだろう。その銃痕と思われるものをふたりで探し、その傷口にそっと手をあてて感謝をして、ぼくらは峠を注意深く離れた。

松本峠からそのまま道なりに伊勢路を下りると、明治期の石畳を経て、最短で熊野市駅に戻ることができる(約2km)。古道の雰囲気を味わうことが目的の旅行者なら、その選択肢もありだ。いやいや、それでは歩き足りないというハイカーのみなさんは、ぜひ鬼ヶ城方面に分岐を進もう。絶景が続く、素晴らしい路が待っている。

ちょっと山道を歩くと立派な東屋があり、弓なりの七里御浜を見渡すことができる。松本峠から先にはもう峠がないため、海に沿って熊野速玉大社を目指す人が歩いた「浜街道」がその風景の中にある。

そして、那智から越える熊野古道中辺路・大雲取越え(おおくもとりごえ)の高嶺をも見渡せる絶景が広がっている。伊勢路の魅力をひと目で実感できる、絶好の展望スポットゆえ、ここでひと休みといこう。

鬼ヶ城跡。尾根の左右が切れ落ちている天然の要害。尾根の先端には海の展望が広がる

その先に鬼ヶ城の城跡がある。絶った尾根と曲輪の様子が見事で、城跡の展望地からは熊野灘を見晴るかす。こちらの眺めもまた素晴らしい。歩き始めてから90分しか経っていないけれど、見どころの連続に満足度は高い。歓声をあげたり笑ったりして、ふたりの歩みはゆっくりなのに、時はお構いなしに駆けていった。

伊勢へ七度、熊野へ三度。鬼ヶ城にはぜひ一度!

どうでしょう、この岩の迫力。見事なる自然の造形美。そこにまぶしい太陽と青い海。完璧か

鬼ヶ城から受け取る感動の波動は凄まじいもので、どのように書けばこれが伝わるのか、ぼくはずいぶんと悩んでしまった。なかなか書けない。でも書かなきゃならない。

いや、撮影を担当する写真家の川野恭子(かわの・きょうこ)さんによる素晴らしい写真を見ていただくだけで、この章はよいのではないだろうか……。などと逡巡することしばし。

まずは見てもらうことにしよう。この巨大な岩屋の迫力を。海と太陽を受け止める底知れぬパワーを。眼前の大海原をも飲みこんでしまいそうな、まるで巨大な鬼の口、大地の創造を。自然の力が織りなす造形の美しさに圧倒され、しばし言葉のない時間を過ごす、われら旅人ふたり。そこにあるのは波の音と、自然やこの機会への感謝の気持ち、そして笑顔。

岩にあるおびただしい凹みは、風化と浸食の象徴である「タフォニ」

この岩の殿堂は、大規模な隆起でおこり、やがて長きにわたる風と水の合作となって、世に出現した芸術作品そのもの。美術館でマスターピースを目撃したときと同じように、難しいことは考えず目の前にある真実を見つめるだけで十分だ。本物が、ぼくらの心の中にスッと入ってくる。ずっとここに居たい、そんな気持ちになる。

海辺にせり出す岩畳を歩く。目の前は青く輝く熊野灘。最高か

鬼ヶ城は小さな半島状に突き出している地形で、絶壁の先端側には狭い遊歩道がつくられており、岩畳が広がる付け根側にはゆとりのある遊歩道が続く。進むたびに海と岩の表情がどんどん変化していく。突き出す方角は、南東だ。あらゆる角度から太陽のパワーをあますことなく全身で受けられる絶好の地形。この地が天照大御神の見守る太陽の国だということを、ここであらためて感じ入った。

菖蒲観世音、降臨。ありがたやーありがたやーと、対面で拝みながらパシャリ

ただただ岩の造形で遊んでみたり、ただただ海を眺めていたり。ぼくらはゆっくり過ごしているけれど、やっぱり時は刻々と過ぎてゆく。気がつけばいい時間で、陽射しがちょっと黄色くなってきた。

この感動的な海と岩の絶景に、「今日はもう取材を終わらせちゃおう」「ずっとここに居ちゃおう」と、冗談めかしてつぶやく理乃さん。ぼくと同じ気持ちだったことがわかった、今日一番の嬉しいひと言だった。そこにすかさず「ですよねー」と返す。まあ、取材は続けるのだけれど。

そんなわけで、ずっと笑っていた「海を楽しむ伊勢路」もクライマックス。締めくくりと明日への伏線として、鬼ヶ城の付け根に鎮座する弁天さまに立ち寄った。ここは鳥居越しに海を眺められる絶好のポイントでもある。海上の安全を願って祀られたのだろう。

自分の脚で歩くことの幸せを心から感じた今日という日に感謝をし、明日の「山を楽しむ伊勢路」に思いを馳せた。さあ、軽く一杯やってから帰るとしますか。

***

大内征さん、菖蒲理乃さんが行く熊野古道 伊勢路の旅、前編はここまで。後半は「山を楽しむ伊勢路」と題して、伊勢路が誇る低山を紹介します。どうぞお楽しみに。

現在、YAMAPを使って伊勢路を巡ると期間限定のデジタルバッジがゲットできる「熊野古道 伊勢路デジタルバッジキャンペーン」が開催中。条件をクリアした方には、オリジナル手ぬぐいのプレゼントも。ぜひ大内さんと菖蒲さんの旅も参考に、参加してみてくださいね。

加えて、三重県が主催の「歩きたくなる熊野古道フォトコンテスト」も開催中。三重県熊野地域若手ワーキンググループ「幸結び隊」の公式Instagramをフォローして、ハッシュタグをつけて投稿すると、東紀州の特産品・名産品など豪華景品が当たります。

2024年は熊野古道世界遺産登録20周年。メモリアルイヤーを記念して、伊勢から熊野までの約170kmを踏破する「熊野古道伊勢路踏破ウォーク」が開催されます。第1弾は、伊勢神宮から阿曽(大紀町)までを4日間で歩きます。伊勢路へ初めて訪れる方にも安心のプログラムです。ぜひチェックしてみてくださいね。

原稿:大内 征
モデル:菖蒲理乃
撮影:川野恭子
協力:三重県東紀州振興課