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環境省×YAMAP『ライチョウモニター』|あなたの投稿が絶滅の危機を救う
高山帯に生息し、登山者にも広く知られている『ライチョウ』。YAMAPにも可愛らしい姿が数多くアップされています。しかし、日本のライチョウは現在1,700羽程度しかおらず、絶滅の危機にあることをご存じでしょうか? YAMAPではライチョウを守るため、環境省と協力した取り組み『ライチョウモニター』を2022年6月から始めています。本記事ではその内容と、ライチョウの危機的な生息状況、そして不思議な生態についてご紹介します。
目次
環境省×YAMAP『ライチョウモニター』とは?
YAMAPでは今までも、ユーザーの皆さんが投稿した写真を活かして桜や紅葉の開花・色づき状況を日本地図上にマッピングする『リアルタイム桜モニター』や『リアルタイム紅葉モニター』などの取り組みを実施してきました。
今回、私たちはその仕組みを絶滅の危機に瀕するライチョウの生息域調査に転用する試み、『ライチョウモニター』をスタートします。YAMAPの活動日記に寄せられたライチョウの写真や情報を日本地図上にマッピングし、環境省と連携。フィールド調査や分布状況の分析に活用しようという新たな取り組みです(※1)。
皆さんから寄せられた情報は、「写真コメント欄に記載された“ライチョウ(雷鳥)”のTEXT検出」「写真のAI画像識別による鳥の形状検出」によって識別され、下記に表示しているライチョウモニターに反映されるという仕組みです(※2)。
※1 YAMAP上で公開されている写真のみを連携します
※2 投稿から反映までには最大3〜4日程度のタイムラグが発生する場合があります。また、画像識別の精度の関係上、一部ライチョウの投稿が表示されなかったり、ライチョウに似た形の別の被写体が表示されるケースがあります
ライチョウモニターの見方は至って簡単。3ステップでMAPを操作するだけです。
❶MAPを拡大・縮小するとエリア内のライチョウに関する投稿写真が表示されます。
❷興味のある写真を見つけたらクリック。
❸活動日記から詳細を確認することができます。
ライチョウモニターへの投稿方法は?
では、ライチョウモニターに情報を投稿するにはどういう手順を踏めばいいのでしょうか? ここからは投稿方法についてご説明します。手順は非常に簡単です。
<STEP1>
YAMAPでいつも通りに登山の活動日記を記録し、ライチョウに遭遇したら写真を撮影しましょう。ライチョウにストレスを与えないために、カメラのズーム機能などを活用し、5メートル以内の接近や長時間の追跡などは避けてください。無理のない範囲で写真を撮影してください。
※ライチョウ観察の注意点は「ライチョウ観察ルールブック」からも確認し、ライチョウに負担をかけないような観察を心がけてください。
<STEP2>
活動日記を保存する際に、写真コメント欄に「ライチョウ」もしくは「雷鳥」の文字を入力してください。
<STEP3>
下記情報がわかれば、STEP2に続けて、写真のコメント欄に入力してください。わからない場合は、入力不要です。
<性別と数>
撮影時に見つけたライチョウの性別と数を記入してください。雌雄の判別は下記の写真を参考にしてください。性別不明の場合は、その旨記載してください。
【例】オス:1羽 メス:1羽 ヒナ:3羽
季節別のライチョウの特徴。ライチョウは年3回換羽し、姿を変える。写真のヒナは7月上旬のもの。9月には親と同じ大きさにまで成長する
<個体の足輪情報>
足輪を装着している場合はその色を記入してください。色は赤・黄・空・白・黒の5色です。すべての足輪の色がわからなかった場合、一部の報告でも構いません。複数羽の確認ができた場合は、複数羽分をご記入ください。
【例】右足:下青/上赤 左足:下黒/上黄
足輪のイメージ。多くのライチョウは両足にそれぞれ2つずつ、足輪が装着されている
デジタルバッジをゲットしよう
2022年より、毎年ライチョウをモチーフにしたデジタルバッジをプレゼントしています。ライチョウを見かけたらぜひとも情報収集に協力してください。
ライチョウ観察時の留意点
ここまでで、ライチョウモニターの概要はご理解いただけたでしょうか? でも、ライチョウを見かけても、必要以上に近づいてしまうのはNG。ライチョウは野生生物であり、人が不用意に近づくことで生態に悪影響を与えたり、生息環境を荒らしてしまう可能性もあります。
ライチョウを観察・撮影する際は、カメラのズーム機能などを活用し、5メートル以上の距離を保って静かに、ライチョウを驚かせないようにしてください。植物を踏み荒らさないため、登山道からは外れないようにしましょう。
もちろん、捕まえたり、触れたりすることは絶対にしないようにしてください。ライチョウは国内希少野生動植物種及び国の特別天然記念物に登録されており、許可なく捕まえたり、害することは種の保存法・文化財保護法などに違反する可能性があります。
また、ライチョウの観察・発見には双眼鏡の使用が効果的です。山の絶景を楽しむこともできますので、ぜひ使ってみてはいかがでしょうか?
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ここからは、そんな希少なライチョウの危機的な生息状況、そして不思議な生態について、ライチョウ研究の権威である信州大学名誉教授の中村浩志先生に、ライターの武石綾子さんがお話を伺った様子をお伝えします。
減少の一途を辿るライチョウの現在
日本におけるライチョウの生息数は、1980年代には3,000羽ほどと推定されていたが、現在では、概ね1,700羽まで減少している。生息地は主に本州中部、北アルプス・南アルプス・中央アルプスなどにおける標高2,200〜2,400m以上の高山帯だ。
中でも中央アルプスでは、かつて生息していたライチョウが絶滅したと一旦は考えられていたが、2018年にメス1羽の飛来が確認され、環境省が策定する「第二期ライチョウ保護増殖実施計画」に則った復活事業(繁殖保護活動)が続けられている。
結果、令和3年10月現在では40羽ほどが生息するまでに個体群が回復したのだ。日本における個体数が1,700羽と言われる中での40羽は、決して小さなものではない。そんな希少なライチョウの目撃情報を登山者から広く収集し、生息域調査に役立てることが、『ライチョウモニター』の目的だ。
絶滅の危機を幾度も乗り越えてきた、奇跡の鳥「ライチョウ」の歴史
プロジェクトの始動にあたり、ライチョウ研究の権威である信州大学名誉教授、中村浩志先生にお話を伺った。
1947年長野県生まれ。信州大学名誉教授・日本鳥学会元会長、専門は鳥類生態学。一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所代表理事を務め、ライチョウの保護活動に取り組んでいる。写真はライチョウに足環を装着し個体識別できるようにするための活動風景
「ライチョウが旧ユーラシア大陸から日本に渡ってきたのは2万年ほど前、海水面が今よりも低く、大陸と日本が陸続きだった氷河期にまで遡ります。その後、だんだん温暖化が進み、海水面が上昇。大陸と日本は海で分断され、日本に渡ってきたライチョウたちはそのまま、取り残されることとなりました。
ライチョウはもともと寒冷な環境を好むのですが、日本に渡ってきた個体群は、温暖化から逃れるために、平地よりも気温が低い高山に避難することで絶滅の危機を乗り越えてきました。結果、奇跡的に世界最南端で生き延びているのが、わたしたちが目にしている日本のライチョウなのです」
2万年前の日本周辺地図。氷河期の日本は、大陸と陸続きだった
ライチョウ研究に初めて携わってから50年以上になるという中村先生。本格的に研究に着手した背景にはいくつか理由があるとのことだが、特に強い動機となったのは日本のライチョウが持つ“人を恐れない不思議な性質”だという。その性質は、日本古来の文化と密接に関わっているのだそう。
人を恐れない日本のライチョウに驚嘆する外国の研究者
「通常、鳥は人を見つけたらすぐに飛び立ちますよね。でも日本のライチョウは人を見ても全く怖がらない。私は当初、その性質は世界中のライチョウに共通するものだと思っていました。しかし、そうではなかったんですね。
ヨーロッパの山を訪れた際、現地のライチョウを観察する機会に何度か恵まれたのですが、近づくとすぐに逃げてしまう。それは他の国でも同じでした。人を恐れないのは、日本のライチョウだけに備わった不思議な性質だったのです。
日本のライチョウがそのような性質を持った背景には日本の文化があります。日本では昔から“奥山・高山は神の領域、里山・低山は人の領域”と考えられてきました。稲作に代表される農耕文化を持つ国ですので、大切な水の源流である奥山に手をつけてはいけないと考えられていたわけです。
そんな文化において、高山に棲む極めて珍しいライチョウは『神の鳥』として、大切にされ、時に信仰の対象にもなり、守られてきたのです。
江戸時代には、神とのつながりを求めて山に入る信仰登山や修験道も盛んになりましたが、依然として人々はライチョウを傷つけることをしませんでした。一方、先ほど紹介した他の国では、ライチョウは狩猟の対象だったんです。この違いこそが、日本のライチョウの特異な性質の理由です。日本のライチョウには、“人は敵ではない”ということが、幾世代にも渡って刷り込まれてきたのです」
里から望む中央アルプス。かつて日本には、奥山を神が住む禁足地として、畏れ敬う文化があった
神の鳥として江戸時代までは大切に保護されてきたライチョウ。しかし時代の変遷が日本人の信仰心や自然観、そして山の生態系にも大きく波及していったと中村先生は語る。
「明治に入ったころ、新政府は近代化を推し進める為に古くから根付いていた文化を禁じました。『神仏分離令』や『修験道禁止令』が出される中、多くの人々にとって山は神が住む聖なる場所ではなくなっていったのです。信仰心を持たない人々が山に入り、日本においてもライチョウは一時期、狩猟の対象となってしまいました。
しかし、著しい減少を憂慮した明治政府により、ライチョウはその後、『保護鳥』に指定され、第2次世界大戦後の昭和30年には文化財保護法の『特別天然記念物』に指定されました。信仰により守られていたものが、時代が変わって法律により守られるようになったわけです」
まさか明治維新の激動が、奥山に住むライチョウにまで影響を及ぼしているとは…。『神の鳥』として崇めていたかと思えば、時に狩猟の対象としてしまう。時代の流れとはいえ、悠然とした自然に対して、人間はなんと移り気なことだろう。
経済の発展とともに崩れていった、山の生態系
純白の冬毛に身を包むライチョウ
現在でも特別天然記念物として保護されているライチョウだが、急激な減少の原因はどこにあるのか。
「一番大きな原因は、人の生活と里山の間に距離ができてしまったことです。昭和初期頃まででしょうか、人は食料を調達するため、毎日のように里山に入っていました。山草を採り、狩猟により動物を狩っていたのです。そのため、山でサルやシカなどの動物が極端に増えることはなく、適正な数に保たれ、適正な場所で生きていました。
しかし社会は発展し、人の生活も変化していきます。結果、昔ほど人が山に入らなくなりました。動物の数は次第に増え、里山から高山に侵入し、ライチョウがエサにしている高山植物も含め、植生を破壊しました。絶妙に保たれていた山のバランスが崩れてしまったのです。
かつては当たり前に生活に溶け込んでいた狩猟という活動が、ほとんどなくなってしまったんですね。でも狩猟は、生態系のバランスを保つ為に必要な機能だった。
狩猟が行われなくなったことにより、サルやシカなどの動物が急増し、ライチョウや高山植物などをどんどん駆逐してしまっている。これこそが、日本の山の現状だと私は考えています。
ライチョウは高山にいる動物なのだから人間の生活と関係が無いと思われているけれど、実はすべてつながっているのです」
昔は人の生活に欠かせない生業だった狩猟。近年では狩猟人口も減少の一途をだとっている
「また、ライチョウを捕食する動物が高山帯に移動してきたことも減少の原因です。具体的にはキツネやテン、驚くことにサルがライチョウを捕食する姿も近年観察されています。
これは登山文化が盛んになる過程で山小屋や登山者の数が増えたこと、それによりゴミや残飯が捨てられるようになったことが大きな要因です。もちろん、現在では登山者のほとんどはマナーを守って山を訪れています。しかしそうではない時代もありましたから。結果的に、低山にいた動物が人の残した残飯などを求めて高山帯に移動し、ライチョウを捕食するようになってしまったのです」
猿がライチョウを捕える様子。2015年8月、北アルプスの東天井岳で中村先生は初めてこの光景を目にしたという
もちろん、気象や温暖化の影響もライチョウの減少に大きく関係している。
「気象条件との関連で言えば、ライチョウのヒナが孵化する時期がちょうど梅雨と重なることにも注目しなければなりません。高山で大量に雨が降った時の寒さは想像に難くないと思います。孵化したばかりのヒナにとってこの寒さは非常に過酷なもの。生後1ヶ月以内のヒナの大きな死亡原因となっているのです。この1ヶ月を耐えることができれば、ヒナは自分である程度の体温調整ができるようになり、生存率が大きく向上します。
つまり、梅雨時期の気象条件のちょっとした変化がヒナの生存率を大きく左右してしまうのです」
ヒナの成長過程。9月頃には親鳥と同じ大きさにまで成長する
「また、寒冷な環境を好むライチョウにとって、温暖化は非常に深刻な問題です。氷河期に日本に取り残されたライチョウが高山帯に避難することで生き延びてきたことは前述しましたが、実はそれも限界に来ています。日本のライチョウにはもう、逃げ場がないんですね。
ピレネー山脈やヨーロッパの山々にもライチョウは生息していますが、生息域の上には、まだ逃げられる環境があります。しかし日本においては、今以上に標高の高い山域に逃げることはできません。ほぼ限界まで追い込まれているのが実情なのです」
山に関わる人の「責任」として。ライチョウ保護のための取り組み
人が引き起こしたさまざまな原因により絶滅の危機にさらされている日本のライチョウ。その命を守るために、現在行われている保護活動についてもお話を伺った。
「先ほどお伝えした通り、孵化後1ヶ月間のヒナの死亡率を改善することでライチョウの数を増やすことができるのではないかと考えています。死亡率を減らすために何ができるのか? 現在取り組んでいるのが、ケージ保護の取り組み。メスが抱卵している巣を発見した後、孵化が見られたら家族を屋根付きのケージに保護し、過酷な環境や捕食者から守る活動です。
野生の親子連れをゆっくりと時間をかけてケージに慣れさせ、日中は外に出し、人間の目が行き届く範囲で自由に生活をさせます。悪天候時や夜間はケージに誘導し、ヒナが丈夫になるまでの期間、捕食者や過酷な環境から保護するのです。
また、ケージ保護以外にキツネやテン、オコジョなど捕食者の捕獲活動、サルの追い払いなども並行して行っています」
ケージ保護の様子。非常に手間がかかるが、保護効果は極めて高い
「日本のライチョウの生息北限地である新潟県の火打山では、高山域に侵入してきたイネ科植物の除去も進んでいます。イネ科植物を除去することで、ライチョウがエサとしているコケモモなどの高山植物を復活させる効果があることが確認されたんです。
もちろん人の手で刈るんです。これは非常に大変な作業なので、興味がある人がいればぜひ協力をお願いしたいですね(笑)。夏に実施するので、ある程度の登山経験があれば特別な知識がなくても大丈夫です」
妙高戸隠連山国立公園内では、地域の人々の協力のもと、イネ科植物の除去作業を始めとした環境保全が活発に行われている
我々登山者にできること
日頃から自然に親しみ、山の生態系を守りたいと考えている我々登山者にできることは、何かあるのだろうか?
「登山者の皆さんにお願いしたいのは、やはり情報提供です。特に中央アルプスにおいて、どの山にどの程度のライチョウが生息しているか、みなさんから寄せられる写真などの情報が調査の役に立ちます。ライチョウを見つけたらぜひ注目してほしいのが足輪です。ほとんどの個体が識別のための足輪をつけています。
中央アルプスでは2020年、復活事業として乗鞍岳から3家族を移送しました。そのライチョウたちが無事に生きているのか、皆さんの情報により生息状況を把握できる可能性があるのです。もちろん、他の山域のライチョウの情報も調査の役に立ちます」
足輪を装着したメスのライチョウ
「ただ、ライチョウ観察の基本はそっと見守ること。5メートル以上の距離を保つようにしましょう。日本のライチョウは人を恐れませんが、必要以上に付け回すことはせずに、静かに距離をとって観察してください」
話を伺った保護活動のいずれも、とてつもなく大変なものなのだろう。高山の厳しい環境の中、人の手により実行するには、とても地道で、気の遠くなりそうな話だ。そんなことを考えてしばし沈黙すると中村先生はこう返してくれた。
「もとをただせば、すべては人間から始まっていますから。保護活動は、人間の責任です」
この記事が、ライチョウの未来について考えるきっかけとなれば嬉しい。山に関わる人間として、一人ひとりができることをしよう。
YAMAP MAGAZINE 編集部
登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。
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