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山のトラブルを知っておこう | 山登り基本のキ #05
人気登山ガイドの菅野由起子さんが教える「山登り基本のキ」。登山初心者だけでなく山に慣れたかな、という方も改めて確認しておきたい基礎知識を紹介します。
連載第5回は「山のトラブルあれこれ」。熱中症から熊との遭遇まで、ガイドの菅野さんのリアル体験を通じて、こんなトラブルがあるんだと言うことをまずは「知って」みましょう。
山登り基本のキ|登山初心者におすすめ!これだけは押さえたい登山の基本 #05/連載一覧はこちら
目次
熱中症、高山病、捻挫…、登山のトラブルはさまざま
登山中のトラブルと聞くと、皆さんはどんなことを思い浮かべますか? 熱中症、低体温症、高山病、靴擦れ、捻挫、こむら返り、ハチ、クマ、マダニ、登山靴のソール剥がれといった装備破損など、登山中に遭遇する可能性のあるトラブルは多岐に渡ります。
普段の生活の中では文明の利器のおかげもあって特に意識をしなくても大丈夫な事でも、自然のなかではトラブルにつながることもあります。
例えば夕方になれば街灯が点りますが、登山道にはもちろん街灯はありません。身ひとつで自然に分け入る山登りは、自然に対して意識を向けると共に、そこへ行く自分自身への配慮も重要になります。登山の知識を身につけつつ、自分の対処できる範囲内でちょっとずつ山の経験値を高めていくことで、トラブルの対処方法の幅が広がります。そのためにも、まずは山のトラブルを「知る」ということが大切なので、これまで私が遭遇したトラブルをいくつかお話ししたいと思います。
ちょっとした体調不良が大迷惑
私がまだ会社勤めをしていた頃の話です。週末、燕岳登山に行くために頑張って仕事をして、金曜日の夜行列車に乗って出かけました。天気よし。朝一番、中房温泉の登山口から意気揚々と歩き始めたのですが、どうもイマイチ調子が上がりません。夜行で疲れているのかな? もう少し歩いたらいつものリズムを取り戻すだろうと思って歩き続けました。
しかしペースはどんどん遅くなる一方。仲間に相談をして、先行してテントを張るチームと、私に付き添って登るチームに分かれることとなりました。スムーズに足が上がらず、しかも胃の辺りまで痛くなってきて…。結局、付き添ったくれた仲間に荷物を分担してもらい、どうにかこうにか燕山荘のテント場までたどり着いたのですが、そのままダウン。
「一体どうしたのだろう?」シュラフに包まってこの一週間を振り返っていると、「そういえばちょっと風邪気味だったかも」と、ふっと思い付きました。
熱もなくて日常生活を送る分には支障がない程度の些細な体調不良が、環境を変えると、こんなにもはっきりと表れるんだ。「山に行きたい!」という気持ちばかりが先行して、自分の体調への意識を怠っていたことを深く反省しました。平地より標高の高い山の上では、体調不良が顕著に出ます。こういうときは山行きを取りやめる判断が重要。やっぱり無理は禁物なのです。
蒸し暑さにヤラれて
7月下旬の花の時期に、越後駒ヶ岳へ登った時のことです。その日は朝から天気が良く、けっこう蒸し暑い日でした。スポーツドリンクなど飲み物を十分に用意して、登山中こまめに水分とカロリー補給をしながら登って行きました。
それにしても本当に蒸し暑い。吹き出る汗をタオルで拭きながら進むも、汗が出るわ出るわで、タオルだけでなくウエアも汗でぐっしょり。これは下山したら温泉に入って、着替えて帰らないとなぁと思いながら登っていきました。無事に登頂を果たして下山開始。
この日の暑さは私だけでなく、他の登山者の皆さんも堪えたのでしょう。結構バテバテになっている人が多く、私が降りていくと次々と道を開けてくれます。せっかく譲ってもらったのにこちらが休んでまた譲ってもらうというのを繰り返すのも悪いような気がして、知らず知らずにちょっと休憩時間が短めになってしまっていたのかもしれません。小さなアップダウンが連続する道のりに徐々に足が重くなってくるのを感じつつも無事に下山、その足で麓の温泉へと向かいました。
汗だくのウエアから解放されて、シャワーで洗い流す。あー気持ちがいい!!と思った瞬間、なんと右足がピーンとつってしまい……。痛みに悶絶しながら湯に浸かるという、なんとも切ない思い出となりました。
この出来事があってから、蒸し暑い日の登山では水分・ミネラル補給だけでなく、適切な休憩の大切さをより意識するようになりました。
登山中に熊と遭遇
「山で熊に会ったことありますか?」とよく質問を受けます。
ハイ、何度かあります。まさにバッチリ出くわしたこともあれば、行きにはなかった足跡を帰りに見つけたというニアミスもあります。そう聞くと「えー怖い!」と思うかもしれませんが、野生動物が住処としているところに人間が足を踏み入れるわけですから、出会って当然といえば当然ですよね。
何度か遭遇した中でも一番緊張したのは、親子グマに遭遇したときです。それは乗鞍岳登山に行ったときのこと。広葉樹のとても気持ちのよい森で、私が熊だったらこんなところでのんびり過ごしたいなぁと思う場所でした。木の上にいた親子グマは私たちに気付き、先に行動を起こしました。まず子グマが先に木から降りて、私たちの180度反対の方向へ逃げていきました。間髪入れずに降りてきた親グマは、それとは90度違う方向の茂みへと走っていき、こちらを振り返りました。警戒した親グマの目が、私たちの様子を伺っています。
とにかく刺激をしないよう、じっとしつつ……。しばらく双方の見つめ合いが続きました。一体どのくらい時間が経ったのでしょう。正直、時間は覚えていません。スッと親グマの目が茂みの中に消え、いなくなりました。まだどこかでこちらを見ているかもしれないので、しばらくそこで待機してから下山しました。
これまで熊と遭遇した時を思い返すと、大抵先に熊が気付いて逃げ始るため、ガサガサと大きな音がしました。ひと気の少ない山に入る時や、朝薄暗いうちに歩き始める場合、そしてタケノコ(ネマガリタケ)のシーズンや秋の実りの時期などは特に、熊鈴を持参しています。
野生動物に自分の存在を知らせること、そして周囲に注意を払うことが大切です。周囲への注意を払うことは、落石などへの素早い対応にもつながるので重要ですね。そうそう、バスや電車、山小屋内には熊はいないので、ザックから外すことは忘れずに。
まとめ
日常からの開放感と大きな満足を得られる山登りですが、ときにはそこを住処にする野生動物でさえも命を落とす厳しさをもっているのが自然です。山で起こりうるトラブルを知り、予防策を学び、トラブルを事前に想定し、対応策を講じることが大切になります。登山経験から得たスキルを謙虚に評価しながら、レベルアップをめざしてください。
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イラスト:神田めぐみ
登山ガイド
菅野 由起子
シュラフに寝てみたくて20歳の時に社会人山岳会に入会。ハイキングに始まり夏山縦走、沢登り、岩登り、雪山登山、海外遠征とさまざまなジャンルを経験。そのまま山好きが高じて山岳雑誌出版社、登山用品店勤務を経て、2007年より登山ガイド業をスタートする。現在、新潟県の上越妙高をベースに活動する。登山ガイド事務所・カンスケヤマガイズ主宰、妙高マウンテンスクール所属。公益社団法人日本山岳ガイド協会認定・登山ガイド。
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