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山の歩き方 | 山登り基本のキ #03
人気登山ガイドの菅野由起子さんが教える「山登り基本のキ」。登山初心者だけでなく山に慣れたかな、という方も改めて確認しておきたい基礎知識を紹介します。第3回は「山の歩き方」です。
山登り遭難事故のベスト3を知っていますか? 答えは道迷い、滑落(滑り落ちる)、転倒(つまずいて転ぶ)です。しっかりした歩行技術を身につけていれば、もしかしたら防げた事故もあったかもしれません。安全登山につながる「歩行技術」についてお話しします。
山登り基本のキ|登山初心者におすすめ!これだけは押さえたい登山の基本 #03/連載一覧はこちら
目次
普段の歩き方と登山の歩き方は違う
皆さん、「上手な歩き方」といったらどんな歩き方を思い浮かべますか? 先に挙げた遭難事故からすると、滑らない、転ばない、というのが浮かぶかもしれません。他にはどうでしょう。バランスがいい、石を落とさない、雨が降るなどで足元の状況が悪くなっても安定して歩くことができるというのもありますね。そして長時間歩き続ける登山では、疲れない歩き方=無駄なパワーを使わない省エネな歩き方ができるかどうかも重要なポイントになります。
普段の歩き方と山での歩き方の違いを見てみましょう。
<普段の歩き方>
普段、みなさんが歩く時、「大きく踏み出して」「踵から着地して」「蹴り出す」ことで推進力をつけて進んでいるかと思います。
では、山でこの歩き方をしたらどうなるでしょう?
「大きく踏み出す」ことで、重心移動(上の写真の場合、右足から左足へ)に時間がかかり、その間にバランスを崩しやすくなります。
さらに「踵から着地する」と接地面積が少ないため、登山靴と地面との摩擦を有効に利用できません。また、アスファルトなどと違って登山道は着地点自体が安定していないので、より滑りやすくなってしまいます。
そして、「蹴り出す」ことによって足元が滑ったり、不安定な石を蹴り出して落石を起こす可能性もあります。また、長時間蹴り出すことで余計にパワーを使うため、疲労にもつながります。
山での歩き方のコツ
山での歩き方を写真で紹介しましょう。
不整地の歩き方の流れ
<足幅>
普段よりちょっと広め。肩幅くらい。開くことで左右のバランスが取りやすくなります。強風の場合は、さらに左右の足幅を広げて風に耐えながら進みます。
<歩幅>
踏み出す一歩は、自分の登山靴1足分くらい。
ぬかるんでいたり凍結している場合など、より不安定な道では半足分くらいの時もあります。
<着地>
登山靴の靴底と地面の接地面積が多いと摩擦が効いて滑りにくくなるので、靴底全体が同時に地面へ着地するように足を置きます。
傾斜に合わせて足首周りの角度を調整するのですが、まずは登りの時はつま先を上げ気味に、下りの時は下げ気味を意識するといいでしょう。
<不整地での体重移動>
重心を残したまま、一歩前に足を出す。そこが安定していると判断したら体重を移動させます。その際、一歩前に出した足の上にしっかりと身体の重心を持っていく(=荷重をする)ことで、登山靴と地面との間に摩擦が効いて滑りにくくなります。
安定した姿勢と、重心がズレた不安定な姿勢(写真で比較)
<登り>
<前かがみ>
登りで滑りそうで怖かったり、荷物が重くて疲れたりするとこの姿勢になりがちです。一歩の歩幅を狭くして、上体を起こすことを意識してみてください。
<下り>
<後傾>
下りでは滑りそうに感じて怖かったり、荷物の重さに引かれると後傾になりがち。一歩足を前に出した時、腰が引けていると重心の位置が後ろにずれてしまい、登山靴と地面の接地点に斜め後方から重さをかけることになるため、ズルッと滑りやすくなります。怖くて腰が引けがちな人は、写真のようにザックのウエストベルトに手を置くと、姿勢がよくなって真上から体重をかけやすくなりますよ。
これは不整地を歩く山岳地での歩行技術ですが、普段の生活でも活かせるときがあります。それは、雪が積もったり凍結した道路を歩くとき。日常生活で足元が滑りやすそうな場面に遭遇したら、ぜひこの山での歩き方に切り替えてみてください。
ハシゴや鎖場などを通過する方法
ハシゴや鎖のある難所を通過する時のポイントは、「足で歩くこと」です。「えっ? 足で歩くのが当たり前でしょ?」と思うかもしれませんが、手を使う動作が入ってくると、「怖い」という気持ちも働いて、ついつい腕力に頼りがちになってしまいます。しかし、腕力よりと脚力を比べたら、脚力の方が力強いし持続力がありますよね。鎖場でもハシゴの上り下りでも、まずは姿勢よくしっかりと足で立って、手はバランスを取るための補助くらいと思った方が良いのです。
ハシゴを上り下りする時のポイント
ハシゴの踏み板にしっかりと立ち上がります。その際、手は縦の支柱の方を掴むのではなく、足と同じように踏み板を握るようにします。それだと手が汚れちゃうと思うかもしれません。では、濡れたハシゴでちょっと足を滑らせてしまった場合を想像してみてください。縦よりも、横に渡してある踏み板を鉄棒のように握る方が耐えられますよね。だから、たとえ手が汚れても危険なハシゴの上り下りでは踏み板を握りましょう。なお、ハシゴにくっつきすぎずに体を離した方が、足場がちゃんと見えるのでむしろ安定します。
鎖場を通過する時のポイント
足場の悪い岩場や土の斜面には、鎖やロープが取り付けられていることがあります。この時も鎖やロープに頼りすぎることなく、足でしっかりと立つことを意識しましょう。鎖やロープはバランスを取るための補助として、ときには片手は鎖を、もう一方の手では岩を支えにして上り下りすることもあります。長い鎖場では、途中に鎖と鎖をつなぐ支点があるので、支点と支点の間は必ず一人だけで取り付くようにしましょう。複数で一緒に掴まって誰がバランスを崩したら……。想像しただけで怖いですよね。また、支点を無事に通過したら、後続の人に「どうぞ」と一声かけてあげるといいですね。後続の人も、前の人がしっかり通過するまで待つようにしましょう。
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登山ガイド
菅野 由起子
シュラフに寝てみたくて20歳の時に社会人山岳会に入会。ハイキングに始まり夏山縦走、沢登り、岩登り、雪山登山、海外遠征とさまざまなジャンルを経験。そのまま山好きが高じて山岳雑誌出版社、登山用品店勤務を経て、2007年より登山ガイド業をスタートする。現在、新潟県の上越妙高をベースに活動する。登山ガイド事務所・カンスケヤマガイズ主宰、妙高マウンテンスクール所属。公益社団法人日本山岳ガイド協会認定・登山ガイド。
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