【イベントレポート】祈りの山project キックオフイベント Vol.1

4月19日、GOBLIN.代官山で行われた「祈りの山project」キックオフイベントの様子を全2回に渡ってレポートいたします。

祈りの山projectのページはこちら:https://inori.yamap.co.jp/

なぜ、“祈りの山”なのか?

イベントは、株式会社ヤマップ代表・春山の挨拶からスタート。春山は「祈りの山」というテーマで企画を始めた経緯をこう語った。

「YAMAPを5年続けてきて感じるのは、登山観が世代によって違うなということ。登山という言葉を一つとっても、60代以上の登山と20〜30代の登山は全然違う。それだけ、自然の中で体を動かすアクティビティの幅が、生き方と同じくらい変わってきている。そこで『登山って何だろう』と一回見直してみれば、面白い発見があるんじゃないかと思って始めたのがこのプロジェクトです」

日本には古くから富士信仰や修験といった山に親しむ文化があった。しかし、現代の登山のベースにあるのは、西洋アルピニズム。標高が高い山や有名な山の頂上を目指すことが目的にされることが多い。それを受けて、春山はこう続ける。

「名が立った山に登るだけでなく、もともと祈りが根付いていた山、地元の人に大切にされた山にフォーカスして、文化と自然を、身の回りにある山を見直す機会をこのプロジェクトで作りたい」

祈りの山コンセプトムービー

続けて春山は、このプロジェクトの伏線ともなる2つの言葉を語った。

一つは、明治時代の廃仏毀釈・神社合祀の際に、南方熊楠が残した言葉。

我が国特有の天然風景は我が国の曼荼羅ならん。

風景ほど実に人世に有用なるものは少なしと知るべし。

この言葉から、日本の風土や風景がいかに日本で生きる人たちの生き方に関わっているのかを感じたという。

また、もう一つは石鎚山系で出会ったという、世界の山を登ってきたドイツ人アルピニストの言葉だ。

日本の山では、人の手が入っている風景を多く目にする。そこには祈りの痕跡がある。これは他の国ではなかなか感じられなかった。これは日本の山の良さだ。

近代アルピニズム的な価値観とは違う、古くからある山の良さが、今も日本の山には残っている。だからこそ、近代アルピニズムとは違う形で、山に親しむ流れを作りたい。【温故知新】という言葉を用いて、春山はこのプロジェクトの経緯を締めた。

個性が豊かすぎる三名のナビゲーター

イベントは、近代アルピニズムとは違う山の登り方をしている3人のナビゲーターの紹介に移っていく。

神社の奥深さを25年間突きつめてきた登拝家

一人目は、登拝家・中村真さん。

「僕は、山という側面から活動をしているわけではないです」

一言目にそんな前置きをつけた中村さんは、25年ほど前に神社の魅力にハマってしまったらしい。その後、神社の魅力や背景などを突き詰めると、自ずと山に登ることになったそうだ。このエピソードからも、自然と信仰の結びつきを感じられずにはいられない。

『登拝』という言葉は、文字通り山を登って神様を拝むことを指すが、その言葉について、中村さんはこう語っていた。

「登拝という言葉を使わせてもらっているけど、これは日本人ならではの感覚だと思う」

近代登山が始まる前の登山がどういうものだったのか、誰も見ることはできない。しかし、その土地に伝わる話や名称、史跡などを見聞きしながら、当時の様子を『感じる』ことが、中村さんの登拝活動の醍醐味だそうだ。

出羽三山に棲まう、山伏 / アーティスト

二人目は、山伏 / アーティストの坂本大三郎さん。

元々は千葉県出身の坂本さんだが、今は山形の出羽三山で山伏をしている。そこに至った経緯は実に面白い。

20年前、イラストレーターをしながら現代美術のギャラリーのスタッフをしていた坂本さん。そこは、村上隆さんや漫画家の岡崎京子さんの作品が展示されるような、当時のものづくりの世界では前衛的な場だったそうだ。

「ギャラリーではすごく面白みを感じたんですけれど、今度は『自分が関心を持つものづくりの始まりは、どこから生まれてきたんだろう』という気持ちが生まれてきました」

結局、その関心の答えは見つからなかったそうだが、月日が流れ、たまたま好奇心で参加した山伏の修行が、坂本さんの人生を大きく変えることになった。

「山伏の修行は身体的には辛かったんですが、どこか面白みを感じました。そこで、東京に帰ったあとで山伏について調べてみたんです。すると、山伏が日本のものづくりの発生や発展に関わりがある人たちであることが分かって、自分の抱えてきた関心に共鳴する存在だということが分かりました」

調べれば調べるほど、山伏がものづくりに限らず普遍的なレベルで大きな影響力を持っていた存在だということも分かったという。民俗学者の柳田國男の言葉を借りて、坂本さんは山伏の存在の大きさを語った。

聖(ひじり)のことが分からなければ、日本社会は分からない

※聖=山伏

坂本さんは現在、山形の月山の標高700mほどの集落で山伏をしている。その山間部には古い文化が残っており、縄文時代から続いている狩猟採集文化もあるそうだ。この集落で暮らしている中で、坂本さんは山と日本人の関わりに興味を持った。

「山岳信仰と聞くと、すごく古い印象があるけど、実はそうでもないんです。縄文人は僕たちと同じ感覚で山を見ていなかった。じゃあ、自然を見たときに心が湧き上がる気持ちは、どこから生まれたのか?その答えを求め、各地の山や自然を尋ねるようになって、それを文章や絵にすることが仕事になりました」

様々な登山の楽しみ方を提案する低山トラベラー

三人目は、低山トラベラーの大内征さんだ。

「元々歴史小説や神話、昔話が好きだったんですけど、小説で見た舞台や出来事の多くが山にあるんですね。美術館で絵を見ていても、背景に山があったりするので、この山はどこだろうと調べてみると、作家が見ている山と自分が見ている山には違いがあることに気づいたりして、同じものでも人によって見え方が違うことを山には教わりました」

山が持つ多様性・多面性に面白さを見出した大内さんは、この体験を分かち合うことを仕事にできないかと考え始めたそうだ。

大内さんの登山の原体験は沢釣りだ。子どもの頃はどんどんと沢に入っても誰も止めなかったそうだが、大人になり、山に入って仕事をすると言うとそれはやめろと言う。春山の話でもあったように、世代間によって登山観は違って、危険に映ったりそうでない場合もある。

「そういう世代や人による自然観の違いは面白いし、それも受け入れて双方の差を楽しむ。また、温故知新みたいなことを楽しんだりするためにも、低山トラベラーとして活動しています。今回は、YAMAPさんが分かち合いたいことと僕が分かち合いたいことが一致しているんじゃないかと思って、参画させていただいています」

 

Vol.2(近日公開)に続く

 

ABOUTこの記事をかいた人

Sakimura Kota

YAMAPのPR/プロモーションを担当。山では写真と映像を撮ることに燃えている。独自プロジェクト「やまポトレ」を運営中。登山以外では、アニメやバスケを愛する一児の父。 / やまポトレ → https://yama-portrait.com/