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高橋庄太郎の「いつかは行きたい!」山の名(珍)スポット/“最果ての地”日本三大霊場・恐山。この世とあの世を隔てる「大尽山」の大岩

圧倒的な山行日数を誇る人気山岳/アウトドアライター、高橋庄太郎さんによる連載「いつかは行きたい! 山の "名スポット・珍スポット"」。 毎月1ケ所「え、こんなところにこんなものが?!」と驚く、知られざる名(珍)スポットを紹介します。

高橋庄太郎

山岳/アウトドアライター

INDEX

本州最北端、下北半島の「恐山」とは?

「イタコ」という盲目のおばあさんが故人の霊と引き合わせてくれる「口寄せ」で知られる「恐山」。青森県の下北半島の中心に位置し、高野山、比叡山とともに日本三大霊場のひとつとして古くから信仰を集めてきた。

もっとも「恐山」といっても、ズバリそのような名称の山があるわけではなく、火山の火口に水をためたカルデラ湖である宇曽利山湖を中心に展開する外輪の山群全体を指している。そして湖畔の一角に恐山菩提寺があり、その場所が霊場としての「恐山」なのだ。
古くから山岳信仰が根付き、山中に寺社を建立することが多かった日本では、寺社を創始することを「開山」ということはよく知られているが、そのためにこの一帯は山という意味でも、霊場という意味でも「恐山」と呼ばれているわけだ。ちょっとややこしい。それだからか、とくに恐山菩提寺がある場所に関しては、「霊場恐山」という言い方が定着しているようである。

また、この地域をもう少し広くすると「恐山山地」と呼ばれるようになり、その最高峰は標高878.6mの釜臥山だ。しかし霊場恐山から周囲を眺めると、圧倒的に存在感を放っているのは標高828mの「大尽山」。宇曽利山湖越しに印象的な三角形の山がそびえ、この地を聖なる霊場恐山として印象付けるのに大きな役割を果たしている。それなのに、この山に登れることを知り、登山の対象として考える人は意外と少ない。

そこで今回紹介するスポットは、この「大尽山」の山頂。霊場恐山から大尽山を見上げられるように、大尽山からは霊場恐山を見下ろすことができる。あの霊場を山の上から眺めると、どんな風に見えるのだろうか?


この立派な建物が、恐山菩提寺。開山時期は5月1日~10月30日で、境内への入山料は500円。残念ながら、冬の時期は立ち入ることはできない


売店では、わらぞうりの他、風車が売られているのが、いかにも恐山らしい。風車は水子供養のために使われる

まずは前知識として霊場恐山を簡単にお見せしよう。入山料を払って入る総門の内側はかなり広い。血の池地獄、賽ノ河原、極楽浜など名前が付けられた場所を巡り、展望台にも足を延ばしたりしていると、あっという間に1~2時間以上経ってしまう。それだけでもちょっとしたトレッキング感覚だ。とくに天気が悪いときは恐ろしい雰囲気で、亜硫酸ガスがうっすらと漂い、モノトーンの火山岩の中に硫黄で黄色くなった岩石が混じっている風景はいかにも異世界という感じである。

菩提寺の裏は小高くなっており、展望台もある


風車と観音像。その足元に置かれていたお賽銭は、火山性の亜硫酸ガスによって真っ黒に変色していた


ケルンのように石を積んで作られた小山がたくさん。賽の河原だけではなく、霊場恐山のなかはこんな風景ばかりだ

東北自然歩道でもある霊場恐山から大尽山への道

宇曽利山湖の周囲には全長12kmの遊歩道が作られている。だが、実際に歩く人は少ないようで、雑草が生い茂り、倒木も放置されたまま。とくに霊場恐山の真正面に位置する大尽山登山口まで時計回りで歩く道筋はなかなか厳しい。だが、車道から近い場所から歩き始められる反時計回りのコースならば最低限の手は入っており、登山口まで問題なく行けるだろう(年によって異なると思われる)。

霊場恐山にあった参拝案内図。概念的な図で位置関係は参考にならないほどズレているが、中心にある霊場恐山の対面の左下に大尽山が小高く描かれている


宇曽利山湖の水は、火山由来の成分によってPH3.2~3.8の強酸性。酸性度が低い流入河川で生まれ、その後に湖に移動したウグイがかろうじて生息しているだけで、あとはほとんど魚を見ることができない


霊場恐山を出発すると、はじめは車道沿いを歩く。その脇の三途川には真っ赤な欄干の橋が架かっている。これもまた霊場らしい風景だ


車道の横から遊歩道に入り、大尽山までは3時間少々。湖畔沿いの平坦地を歩く前半に比べ、山頂へ向かう後半は急登が続き、意外と苦労するはずだ。宇曽利山湖は標高210mほどで、山頂までの標高差は優に600m以上なのだから、舐めてはいけない。

魚が住みにくい宇曽利山湖に比べ、樹海のように広がる森はじつに豊かだ。足元にはドングリやシイノミがいくらでも落ちており、動物の痕跡が至る所にある。ツキノワグマも生息しているに違いない。いや、むしろこういう場所にツキノワグマがいないのなら、日本のどこにいるのだろう? クマ避け対策はしておいたほうがいい。

宇曽利山湖を巡る遊歩道の入り口。クルマが入り込まないように、丸太を使った柵が作られている


遊歩道の中間地点近くに大尽山登山口があり、その先の道は少し不明瞭。気を抜いていると道迷いを起こしかねない

「恐山」を見るために登る「恐山」の山頂

ところで、“山としての恐山”は「蓮華八葉」と呼ばれる大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山、そして釜臥山の八峰で構成される。つまり大尽山も恐山のひとつだ。だから、大尽山から霊場恐山を眺めれば、「恐山のひとつから、別の恐山を眺め下ろす」ということになる。なんだか複雑だが、ちょっとおもしろいではないか。

大尽山からの展望はなかなかのもの。樹木が繁茂していて方向によっては視界が遮られがちなのが残念だが、霊場恐山の反対側には陸奥湾も眺められる


山頂の一角には、「登ってみてください」といわんばかりの大岩が! そこに登れば視界が一気に広がり、なんとも気持ちがよい


大岩の上から見た宇曽利山湖。1万年以上も前の噴火で形成された火口が宇曽利山湖になり、その外輪山のひとつがこの大尽山というわけだ


ズームしてみると、霊場恐山がよくわかる。大尽山には双眼鏡を持っていくと、より楽しめるだろう

じつはこの山行時、僕は途中からカメラのトラブルでクリアな写真が撮影できなくなっていた。そのために一連の写真はあまりきれいではないのだが、それでもなかなかの光景だとイメージできるはずだ。

山頂から見る霊場恐山は、思いのほか気持ちよさそうな場所に見える。本当は火山性ガスなどによって草木も生えない荒々しい平地なのに、遠くから見れば平和で解放的な空間に感じられるのだ。こういう角度から霊場恐山を眺めた人だけが体感できる、おもしろい感覚といえるだろう。

霊場恐山には、大尽山登山の前に行くか、後に行くか?

大尽山への往復は、順調にいけば5~6時間。霊場恐山を朝から見物して登り始めても、夕方前には戻ってこられる。反対に朝から大尽山に向かえば昼過ぎには下山でき、それから霊場を巡ることが可能だ。

僕のお勧めは、はじめに大尽山に登り、それから霊場巡りをすること。下北半島にある恐山は海に近く、とくに夏の午後はガスがかかりやすい。そこで早めに登ったほうがクリアな眺望が期待できるからだ。また、霊場の食堂と休憩所は16時、温泉は18時まで。早く下山すれば、霊場見物のついでに食事と温泉ものんびり楽しめるのである。

このときの下山後に眺め直した大尽山。夕暮れ近くになると、ますます霊性が高く見えるから不思議だ


イタコの口寄せが行われるのは、恐山大祭(7月20日 ~ 7月24日)と恐山秋詣り(10月の三連休)の年2回。だが、それ以外のタイミングでも不定期に行われていることがある


霊場恐山には宿坊のほか、温泉小屋が4つも作られている。入山料のみで誰でも利用できることは意外と知られていない

ところで、この山行が終了してから知ったことだが、大尽山の山頂にあった大岩は、「この世とあの世の境」になる岩なのだそう。おっと、知らずに登ってしまったよ! いろいろ調べても、あの岩に登ってはいけないという話は出てこなかったので、大きな問題はなさそうだが……。
少なくても現時点では、僕にはなにかの罰が当たったという実感はない。だが、これから行ってみる人は少し考えたほうがいいかもしれない。

文・写真:高橋庄太郎

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高橋庄太郎

山岳/アウトドアライター

高橋庄太郎

山岳/アウトドアライター

出版社勤務後、国内外を2年間ほど放浪し、その後にフリーライターに。テント泊にこだわった人力での旅を愛し、そのフィールドはもっぱら山。現在は日本の山を丹念に歩いている。著書に『トレッキング実践学 改訂版』(枻出版社)、『テント泊登山の基本』(山と渓谷社)など多数。イベントやテレビへの出演も増えている。