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深掘り登山ガイド 丹沢 #01 | 丹沢山塊を一望できる魅惑の主稜縦走コース

神奈川県の西北部に位置し、静岡県や山梨県へも裾野を広げている丹沢山塊。首都圏からのアクセスもよく、日帰りから本格的な縦走登山まで幅広く楽しめる山域として多くの登山者に愛されています。そんな丹沢の魅力を独自の視点で教えてくれるのは、丹沢・みやま山荘小屋番であり、登山ガイドも務める根本秀嗣さん。自らも丹沢麓の「寄(やどりぎ)」に住み、公私ともに丹沢山塊を歩き尽くした根本さんに、全10回にわたって「これぞ丹沢!」と呼べるおすすめコースを教えていただきます。第1回目は丹沢山塊を一望しながらの縦走路をご紹介。丹沢山塊ならではの絶景を満喫しましょう。

根本秀嗣

山の仕事人/GHT project リーダー

INDEX

丹沢縦走路の真骨頂

「山」に「塊(かたまり)」と書いて「山塊(さんかい)」と読むと知ったのは、丹沢山地と付き合うようになってからだった。丹沢山塊は、北アルプスなどの「山脈」が連想させる立派な峰々の連なりとはまた違った、奥ゆかしく、どこか謎めいた気配を感じさせる。今回紹介するのは、この丹沢山塊を一望できる縦走路。丹沢縦走路の、言うなれば真骨頂的なコースである。「塊」の中には何があるのだろうか。その魅力を紐解いていくとしよう。

丹沢山 檜洞丸

西丹沢の主峰、三角形に尖った山容の檜洞丸

なお、本コースでは塔ノ岳、蛭ヶ岳、丹沢山、檜洞丸へと、丹沢の主要ピークを踏みながら西へと移動していくが、便宜上それぞれ以下のように分けて説明したい。

第1ラウンド:ヤビツ峠〜丹沢山
第2ラウンド:丹沢山〜蛭ヶ岳
第3ラウンド:蛭ヶ岳〜檜洞丸

丹沢 主稜線縦走

第1ラウンド:ヤビツ峠〜丹沢山

東丹沢玄関口の大倉からでも、ヤビツ峠からでもいい。まずは塔ノ岳(1,491m)に登ってみよう。塔ノ岳の山頂は平たくて広い。その円形広場状のスペースは、どのシーズンも大抵、大勢の人で賑わっている。山を始めたばかりのビギナー層に、季節やルートを変えて繰り返し登っている地元の人、これが初めての登山だという人まで。丹沢山は様々なタイプの登山者に愛される、特に人気のピークなのだ。晴れていれば近く遠くの山々へと、自然に目が奪われる。

塔ノ岳のピークを踏んだら、いよいよ丹沢山塊へと入っていく。尊仏山荘の裏手、向かって左横に伸びているのは、山塊のメジャーピークである丹沢山(1567.1m)へと続く約2.4キロのトレイルだ。国定公園の自然歩道にふさわしく整備状態は良好だが、この辺りから雰囲気が変わり始める。歩道の幅が広くて緩やかな箇所に恵まれた大倉尾根で来たのならなおのこと、いい意味でワイルドな印象を覚えるかもしれない。

この区間は、四季を通じて多彩な楽しみ方ができる。春先(4月中下旬)に蕾から咲き始める足元の可憐な花たち。ブナやカエデなどの落葉高木類が多く、そこかしこに爽やかな樹林を形成している。ササの生い茂った草原に出れば、富士山を始めとした大パノラマを満喫できる。冬、雪に覆われると山容も別世界となろう。だからこそ、本コースは一回で済ませるのはもったいない。気に入れば、別な時期に再訪してみるといい。

冬の丹沢

太平洋が近い丹沢では、四季を通じて湿気が多い。そのため冬季には、降雪や霧が作用し、樹木が氷華をまとった姿が楽しめる

スタート後、すぐに急な下りとなる。ツツジやアセビなどの低灌木が頭のうえを覆い、アーチのようにしている痩せ尾根だ。春・秋などのベストシーズンには、すれ違いに気を遣う。雪が凍結する冬季なら、ここでアイゼン類のお世話になることもある。まだ先は長い。おおらかに道を譲り合い、足元注意で慎重に通過したい。

下り切るとキレットが出てくる。侵食著しい箇所のため何度も道が再補修され、現在はかなり安定したキレット渡りができる道となった。道が完全でなかった頃はなかなか肝を冷やしたものだ。

地名の由来に思いを馳せながら

途中、数段の丘を越えていくような日高(ひったか)への登りがスタートする。ゆったり高度を稼いでいくので焦らず登りたい。日高という響きは北海道の日高(ひだか)を想起させる。「ヒッタカ」と口づさみながら、地名の由来に思い馳せるのも楽しい。

丹沢 日高 木道

整備の行き届いた、日高周辺の木道。たおやかな稜線歩きが心地よい

日高を過ぎ木道を歩きながら、次の竜ヶ馬場(りゅうがばんば)を目指す。伸びやかなササ尾根を辿っていると、巨大な竜の背を歩かせてもらっている感じだ。草地の右手の小広場にはテーブルがいくつかあり、休憩しながら展望も楽しめるスポットだ。東側の眺望は極上で、丹沢に寄り添う大山に湘南の海岸線、都市部が広がる関東平野が見渡せる。少し息抜きしていこう。

しばらく木道が続くが、ここから丹沢山へは西側の眺望が楽しみだ。丹沢山塊の”水の母親”ともいえる水脈、箒杉沢が眼下に流れている。チョロチョロの水量だが、膨大な河原石が堆積した幅広い源流だ。目線を上に持っていくと、その先に富士山が聳え立つ。この丹沢の起伏は、最後は富士山のすぐ近くまで延びている。そして、本コース終点の檜洞丸、最高地点の蛭ヶ岳がわかるだろうか。地図を確認すれば、本コースが弓なりに左カーブし、富士山へとゆっくりと向きを変えていることに気づくだろう。丹沢山へはあと一息。

尊仏山荘の朝食後に発ったのなら、丹沢山頂上へ達するのはまだ早朝のうち。清川村建立による山頂標識のあるピークから、クリアな展望が期待できよう。山頂はなかなか広い。数基あるテーブルで憩う人々。右手の窪地には山頂の山小屋「みやま山荘」と、バイオトイレ棟。筆者も時々詰めているこの小屋で休んでいってもいい。

第2ラウンド:丹沢山〜蛭ヶ岳

丹沢山山頂から登山道は二通りに分岐する。今回は主稜縦走となるので、直角に左折する。ちなみに正面へ進むと、宮ヶ瀬ダムのほうへ下山してしまう長い尾根なので注意。広場の西端に生えているサラサドウダンの木の下に、蛭ヶ岳を表示した道標が立つ。これより本コースの第2ラウンドであり、山塊核心部。丹沢山塊最高峰の蛭ヶ岳(1,673m)を目指す約3.4kmの区間へ突入だ。道はよく整備されて歩きやすいが、後半には岩稜帯も含む。ここから最高峰までの標準コースタイム1時間50分のあいだに、特筆すべきアップダウンが2回ほどある。体力を温存しつつ、丹沢の屋根をいこう。

いつからか「つるべ落とし」と名付けられた100mの下り。下り始める前の小さな瘤状のスポットが、再び山塊のビューポイント。本コースのスタート地点、塔ノ岳は左後方。安定した三角形の山容の先端には、小屋の存在まで確認できる。進行方向に聳え立つ大入道のような山は、不動ノ峰(1614m)、堂々とした巨体の一面がササ草原だ。山腹に伸びた一筋の登山道。そこを今から歩く。

丹沢 不動ノ峰 紅葉

奥の草原のピークが不動ノ峰。10月初旬、シロヤシオの葉が紅く染まる

ササ原の中の木段道。地面に硬めの針のような白いものの束が落ちていたら、それは野生のシカの落とし毛で、この一帯に棲みついている彼らの痕跡である。運が良ければ、大好物のササの葉っぱを食んでいるシカが遠目に見られるだろう。

不動ノ峰最後の登りが始まるところには休憩舎が建っている。小さな東屋で、壁は二面あるだけ。少し傷んできているので、そろそろ補修が入るだろう。雨風・発雷時の避難所として、ここを覚えておいて損はない。すぐそばに「水場3分」の看板がある。渇水のしやすい水場で、コンディションの悪い道を通過しないと辿り着けず、沢の源頭のようなワイルドな水場である。初心者のうちはちゃんと必要な水分を携行して歩き、この水場は当てにしないほうがいい。

不動ノ峰を過ぎれば、いったん道は易しくなる。周囲には白骨化したブナの立ち枯れが目立つ。稜線部の草原には爽快さを覚える。ただ、過去にはもっと森があったのだ。傷んでしまった丹沢の自然を回復するため、様々な取り組みがなされている。鬱蒼とした森がよく見られた時代に近い状態に戻すには、今から50年、100年掛かるとも言われている。

丹沢 ニホンジカ

丹沢にはニホンジカが多い。時折、鳴き声が響き渡り、主に朝夕に姿を見ることがある

棚沢ノ頭を過ぎて鬼ヶ岩に到着すれば、いよいよ蛭ヶ岳が近い。2本の岩角が並び立った、鬼の頭のような小岩峰だ。ガスっていなければ、ここで蛭ヶ岳への最後の登りと対峙する。以降、岩稜帯の鎖場→痩せ尾根ギャップ→再び岩稜帯の鎖場と、下りベースで行く。難易度はそれほどでもない。足の置き場をしっかり確保しつつ、適宜鎖を利用しつつ、三点支持で乗り切る。5月中旬過ぎピンク色のコイワザクラの花が、岩場の陰にひっそりと咲いている。

蛭ヶ岳山頂へ続くラストの登り。かなり掘れてしまった細い道だが、傾斜はそれほどでもないので、闘志を切らさずに登り切ろう。じきに蛭ヶ岳山荘を仰ぎながらの登頂となる。

丹沢山塊最高峰の頂上も、テーブルが数基あって大きめの広場状。木陰に乏しいが居心地はいい。山荘の目の前の小高い地点の草むらに祠があって、中に山の御神体である薬師如来が祀られている。トイレ利用の場合、山荘に入って靴を脱いでとなるため、特に雨や雪で汚れや濡れのある際は配慮して欲しい。山頂広場の西南の端は、丹沢山塊を味わうビューポイントとしては絶品。鍋割山からの山稜が塔ノ岳で頭を上げ、丹沢山へと連なる東丹沢。横長の台地状をした臼ヶ岳から本コース終点の檜洞丸へ連なる西丹沢…。

丹沢 ブナ サルノコシカケ

枯れたブナに取り付いたサルノコシカケ。立ち枯れ木にも、また別の生態系が育まれている

第3ラウンド:蛭ヶ岳〜檜洞丸

本コース上、区間距離が最も長い第3ラウンド。檜洞丸(1601m)を目指す。概して、大きな下りと大きな登りで組まれていると言っていい。途中、中~小のアップダウンはいくらかある。休憩を除外して3時間半は掛かるので、あまりノンビリしてはいられない。遅くとも、お昼前には蛭ヶ岳を後にするべきである。

さっそく要注意箇所の鎖場が現れる大下り。蛭ヶ岳の一般登山道の中で、最も急な縦走路だ。この場所の岩は下向きに傾いており、スリップ事故を起こしやすい。途中のザレ地の小砂利で足を取られないような慎重な行動をお願いしたい。

「大クビレ」の鞍部を過ぎ、傾斜の緩やかな小ピークに出ると、ミカゲ沢ノ頭(1421m)。気になる名ではないか。ミカゲと云えば、墓石やデパートの壁に使われる御影石(みかげいし)を彷彿とさせる。火山の地下で生成される花崗岩のことだ。これから向かう西丹沢の地下深くには、太古に生じた熱源が保たれていて、温泉を沸かせている。周辺の岩盤は花崗岩の仲間である。

再び100mほど登り返して、臼ヶ岳(1460m)。道標の立つ位置で縦走路は直角に右折。近年設けられた植生保護柵がトレイルの両側を囲うように立っており、その間を歩くようになる。堂々とした蛭ヶ岳が望めるビューポイントは以下だ。臼ヶ岳の山頂標から南へ少し行った先で、左に削ぎ落ちた崖に近づきすぎないように注意しながら、展望が開くところまで行って欲しい。細い踏み跡があるので分かるだろう。

西丹沢 石英閃緑岩

蛭ヶ岳・檜洞丸など、西丹沢の沢でよく見られる渓相。沢床は、白い岩=ミカゲ石の仲間(石英閃緑岩)が埋め尽くしている

ラストは西丹沢の主峰、檜洞丸へ

肌色ですべすべした木肌が特徴的なヒメシャラの木が多い、緩やかな尾根を下ったら、ザレた痩せ尾根が続く区間がスタート。標高は1350m前後を推移し、コースの終点となる檜洞丸山頂がだいぶ高く感じるあたりだ。鉄製のハシゴや桟道が設けられているので通行に支障はないが、緊張を切らさずに乗り切ろう。神ノ川乗越、金山谷乗越という2つの鞍部を通過していく。

神ノ川乗越の南側に水場があるが、往復20分以上はかかる上、水場道は沢沿いで時期によっては草に隠れて見失いやすい。ただ、安定した水量が期待できる水場。山ヂカラが上がって来たら水を汲みに行ってみるのもいいだろう。沢筋のみずみずしい風景が心地よくさせてくれる。

西丹沢主峰・檜洞丸への最後の登り。急で苦しいところだが、もうひと踏ん張り。つづら折れの急登を抜けると、辿っている尾根は傾斜が落ち、丘の中腹を登るようになる。あたりにはブナ、シナノキなど高木の落葉樹が増えてきて、少し上に青いカラーの小屋「青ヶ岳山荘」が見えてくる。要予約の山荘なので、泊まりたい場合は余裕を持って連絡しておこう。近年、女性経営者が尽力し、泊まり心地も良くなっている。

西丹沢 檜洞丸

西丹沢の主峰、三角形に尖った山容の檜洞丸

山荘から上へ伸びている木道は、高度差約50mで檜洞丸山頂へといざなってくれる。山荘泊のつもりなら山頂へ訪れるのは翌朝でもいいかも知れない。山頂は丹沢のメジャーピークの中では珍しく樹冠が閉じていて、展望はない。展望を楽しみたいなら、山頂広場の北西の端にある「犬越路」行きの道標から先へちょっと足を伸ばしてみて欲しい。堂々とした大室山を始め、西丹沢の山々の展望が楽しめよう。

根本秀嗣

山の仕事人/GHT project リーダー

根本秀嗣

山の仕事人/GHT project リーダー

20代から山登りを始め、2007年まで丹沢山みやま山荘に勤務。その前後の海外遠征でマッキンリー、未踏峰チャコなど6千メートル峰の登頂。ヨセミテのビッグウォール『The Nose』登攀。2007年から登山ガイドとして独立。丹沢エリアはもちろん、中部山岳地帯や、関西・東北の一部など全国各地にて登山ガイド業務を経験。また、ボッカ、自然環境調査員、ロープアクセス、特殊伐採も経験。2014年5月には、ヒマラ ...(続きを読む

20代から山登りを始め、2007年まで丹沢山みやま山荘に勤務。その前後の海外遠征でマッキンリー、未踏峰チャコなど6千メートル峰の登頂。ヨセミテのビッグウォール『The Nose』登攀。2007年から登山ガイドとして独立。丹沢エリアはもちろん、中部山岳地帯や、関西・東北の一部など全国各地にて登山ガイド業務を経験。また、ボッカ、自然環境調査員、ロープアクセス、特殊伐採も経験。2014年5月には、ヒマラヤを貫くロングトレイル「Great Himaraya Trail (GHT) 」を踏査する日本初のプロジェクト「GHT project」を立ち上げ、以降リーダーを務める。プライベートでは2016年、丹沢山塊の麓「寄地区」に家族3人で移り住み、2019年3月に炭焼きの再生を目指すグループ「仂」を立ち上げた。丹沢山みやま山荘小屋番にも復帰。 自らの好奇心を活かした生業を営む。時々、旅に出掛けながら、自然・文化・民俗に基づく暮らしを志している。