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山の話をしようじゃないか。#01 | 信濃川日出雄 × 春山慶彦「多忙なときこそ登りたい」

山頂からの絶景や非日常感。森の澄んだ空気。自然の中で食べる美味しいごはん…と、山の楽しみ方は人それぞれ。「【連載】山の話をしようじゃないか。」は、毎回様々な分野で活躍する2人の“山好き”が共に山を登り、山をテーマに自由に語り合うクロストーク企画。
第一回目の登山者は、「山と食欲と私」の著者・信濃川日出雄氏と、我らがYAMAP代表・春山慶彦。北海道、札幌市内にある藻岩山(もいわやま)を舞台に、それぞれの山に対する想い、山ごはんや今後の展望について話してもらった。

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

登山を始めたきっかけは、忙しさからの逃避

信濃川:春山さんは、北海道の山は初めてですか?
春山:はい、初めてです。藻岩山は一度登ってみたかったので今日は楽しみにしていました。信濃川さんはよくここに?
信濃川:そうですね。月に何回か、散歩がてら登ってます。休憩を入れてゆっくり登って下りても3時間なので、エクササイズにはちょうどいいんです。
春山:ルーティンになってるんですね。僕も普段は地元・福岡の宝満山とか脊振山とか、近くのお気に入りの低山を繰り返し登ることが多いです。友人たちと登ることもありますけど、一人黙々と ”いつもの山” の ”いつもの道” を登る時間も愛おしい。



信濃川:僕、東京で週刊連載を描いていた頃のある一時、仕事のストレスから逃避するためにモンスターハンターばっかりやってたことがあるんです。モンハンって、森の中とか原野を駆けていくじゃないですか。当時は登山の世界なんて知らなかったけど、今考えると、体がそういう体験を無意識のうちに求めてたのかなって思うんですよね。
春山:なるほど!
信濃川:実際、北アルプスを一人で歩いたときに「ああ、自分が求めていたのはこの感覚だ!」「ゲームでやるより、実際に山に行った方がいいや」って、実感しました。
春山:それだけ忙しかったんですね。
信濃川:当時を振り返ると、考える時間を持てていなかったなあと反省します。リソースをほぼ描く作業に充ててしまっていたから、とにかく考える時間がなかった。限られたわずかな時間でストーリーを考えて、また描く作業にほとんどの時間を費やす。そうやってできた漫画はやっぱりどこか面白くなくて…。
春山:山へ行くと悩みから解放されるし、体もすっきりしますよね。一種のマインドフルネス状態になる。きっと登山には禅と似たような効能があるのだと思います。
信濃川:忙しさに忙殺され続けるより、山へ行って自然の中で体を動かす方が作業が捗る感覚はありますね。忙しいときこそ山へ行け、ですね。あの時、山に逃避してよかった。

前を歩く信濃川の手には、山に登る際はいつも持参するというカメラ。時間帯によって変わる太陽の位置や光を正しく描写するために、写真からイラストをおこすこともあるそう

春山:北アルプス縦走はどこを歩かれたんですか?
信濃川:折立から入って3泊4日で裏銀座を縦走しました。当時は体力なかったんでヒーヒー言いながらでしたけど、いやあ、楽しかったなあ。もう一回行きたいですね。僕、超田舎で育ってるので、子どもの頃の原体験というか、野山の中でワクワクしてた世界に結局戻ってきたのかなという感覚があります。
あと、歩くのがなんだかんだ好きなんです。ふらりと駅を降りて知らない街をぐるぐる歩くのとか、昔から結構やってましたし。山登りも高いところに行きたいというよりは、森の中を散策したい。何かいないかなーとキョロキョロしながら歩いてると、同じ道でも、その日の天気や季節によって全然違う景色が見れる。この道も、先日の台風の影響で木々が倒れてたりして見通しが良くなってたり…。あ、ほら、あれはキツツキの作った穴ですね。
春山:ああ、ほんとだ。結構たくさん空けられてますね。こんな里山が近くにあるなんて、素晴らしいなあ。

キツツキが虫を探して突っついてできた穴

足元には氷麗が。「氷麗を見ると嬉しくて興奮する」と、信濃川

いいタイトルが決まると、進むべき道が見つかる

春山:信濃川さんは新潟県のご出身でしたよね。ペンネームに「信濃川」とつけているのは、やはり地元愛の強さからですか?
信濃川:あ、それ半分ネタでつけたものなんです。僕、最初はギャグマンガ志望だったので、「ギャクマンガを描く変な奴が文豪みたいな名前だったら面白いな」と思ってギャップを狙ってつけたんですけど、結局ギャグ漫画ではデビューできなくて。その後、ストーリー漫画を描くようになったら、郷土愛に溢れた人みたいに見られるようになっちゃったんです。
春山:はあ、そんな経緯が。「信濃川日出雄」って、確かに漢字6文字で重々しい雰囲気ですもんね。確かに文豪っぽい。
信濃川:デビューしたての20代の頃は中堅漫画家と間違えられたりもしました。今はやっとペンネームのイメージに追いついてきたというか、信濃川と名乗るのが逆に面白くなってきた感がある。結果的にはまあ、よかったかなと思ってます。

信濃川:YAMAPさんは「これしかない!」みたいなスパッとしたいい名前ですよね。春山さんが考えられたんですか?
春山:いえ、友人が考えてくれました。仲間と一緒に山に登っている最中にYAMAPのサービスを思いついて、帰り道の車中であれこれ名前のアイデアを出し合ったんです。ヤマックスとか、山ほにゃららとか、いろいろ出たんですけど…
信濃川:や、ヤマックス…!
春山:友人の一人が「YAMAPは?」と発案してくれて、ヤマックスにならずに済みました。YAMAPは満場一致でしたね、これよりいいネーミングはないだろうと。商標を調べたら大丈夫だったので、これで行こうと決めました。
信濃川:最初に名前を決めるって大事ですよね。名前って、スローガンでもあるので。漫画のタイトルも同じで、そのタイトルに向かって走る部分がある。いいタイトルが決まると進むべき道が決まるんですよね。「山食」のときは僕が10個くらいのタイトルを出して、編集者の折田さんが「これがいい」って言って決まりました。
春山:山、食欲、私。この3つの三角形だから関係性が無限に広がる気がします。山と食を掛け算するのも珍しかったし、山と私でも足りない。絶妙ないいバランスですよね。
信濃川:山食のタイトルは、平松愛理さんの名曲「部屋とYシャツと私」のオマージュでもあります。昔から「なんといい曲名なんだ」と思っていて。秀逸なだけに、これまで散々パロディにされてきてるわけじゃないですか。すごく影響力があって、みんなが知ってて。あえてそれに乗っかろうと思って、素直に踏襲しました。コミックスのタイトルは、内容を示すキャッチコピーじゃなきゃいけないんです。一瞬でわかるタイトルじゃないと手に取られないので。

樹林を抜けると、すぐ脇にはスキー場の斜面。札幌市内を一望できる

春山:「やましょく」って略されるようになったのはいつからですか?
信濃川:最初から自分がそう略してました。読者は「山と食欲」と言ってみたり、どう略したらいいのか悩んでいたかもしれませんが。僕の理想は「鮎美ちゃん」と、主人公の名前で作品が呼ばれることですね。それくらい愛着を持って接してもらいたい。「男はつらいよ」の寅さんみたいなもんです。「「タイトル忘れたけど、あの鮎美ちゃんが出てくるやつは面白い」くらいでも全然いい。
春山:確かに略されるようになって初めて認知度が広がったという気はしますね。
信濃川:YAMAPは…略せないですね。
春山:なので、次に僕らが目指すのは動詞になることだと思ってます。「ググる」が「検索する」と同義で使われるみたいに、僕らのサービスも山の楽しみ方の一つとして認識されるようになったら、それも普及したってことになるのかなと。そういう意味では、「山食」はすでに使われはじめてますよね。山でごはんを食べることを「山食する」って。山食が一種の文化になることを、連載当初から予測していましたか?
信濃川:「山食」連載当初、内内では「ライフスタイル漫画にしよう」と話していました。作品を読んで終わりではなく、読んだ後に自分も鮎美ちゃんと同じような体験をしたくなる、ライフスタイルを変える漫画。そういった意識は持ちながら描いていました。趣味漫画とも呼びますけど、そういうアプローチで描いてる青年漫画って多くないんですよね。居場所を見つけたぞ、という感覚もありました。
春山:コンセプトは最初からカチッと決まっていたんですか?
信濃川:この作品に関してはそうですね。売り方も含めてコンセプトは決めていました。漫画作品って、漫画家が描きたいものを描きたいように描いてると思われるんですけど、必ずしもそうとは限らない。描きたいものを描き続けるためにも結構しっかりとコンセプトを決めて作品を作っていたりします。

春山:立ち上げ期はやはり重要というか、軌道に乗るまでが難しいのでしょうね。
信濃川:Web漫画の場合、指標となるのはアクセス数です。漫画雑誌はお金を払って買っているから他の作品も読んでくれるけど、ネットはそもそもタダだから興味がないと呼んでくれない。だから、漫画雑誌のように連載からしばらく経って徐々に人気が出てくる、というようなことはあまり期待できません。だいたい3話目くらいで決まってしまうので、そこから先の軌道修正は難しいです。
なので、一話ごとのサブタイトルを工夫するとか、登場人物たちのプロフィールにあえてマニアックなネタを入れるとか、より多くの人が興味を持ってくれるような釣り針を作中に仕込むよう意識しています。
春山:なるほど。「食」というテーマこそ最大の釣り針ですよね。「山食」の世界に惹かれて山の楽しみが広がったという人はたくさんいると思いますし。山で食べるごはんってほんとに美味しいし、登山とも相性がいい。ひと手間加えるだけで食が進むし、皆で行けば会話も弾むし。

思い出の山ごはん?

信濃川:思い出の山ごはんってありますか?
春山:山、ではなくなっちゃうんですけど、アザラシですね。
信濃川:へー! どんな味なんですか? アザラシって。クジラみたいな感じですか?
春山:クジラとはまた別物なんですけど、クジラを食べる民族はアザラシ美味しいって言うと思います。よく臭いって言う人いるんですけど、あれはイヌイットの人たちが食べないような古いやつを食べてるからで。
信濃川:うまい部分は渡さないってことですかね、なるほど。
春山:そうそう。西洋人はそういうのわからないから。彼らは自分たちが食べない、古くて臭いやつを渡してるのかも。

信濃川:どんな食べ方が一般的なんですか?
春山:僕らで言う醤油ですね。まず、アザラシの油を全部とってバケツに入れるんです。そうするともうドロドロになって。で、そこにアザラシでもクジラでもカリブの肉でも、サーモンでも何でもいいんですけど、それをつけて食べる。塩をちょっと入れると、もうそれだけで主食になります。
信濃川:すごい、星野道夫さんの話を聞いてるみたい。
春山:なかでも一番記憶に残ってるのは、アザラシの皮だけ膨らませて、そこに小魚や鳥を入れる。で、発酵させて食べるんです。
信濃川:えー、どんな味なんですか?
春山:結構凄まじかったですね。「お腹痛くなるんでちょっとずつしか食べちゃダメだよ」って言われて、最初はほんと魚半分くらいを食べました。で、二週間後にやっと一匹。それくらい発酵のパビオ菌が強いみたいですね。匂いも凄いですし、風船みたいにパンパンに膨れてるんですよ、アザラシの腹が。考えてみればすごい発想ですよね、アザラシ獲ってその腹に食べ物を入れ込むなんて。

休憩室にて談笑。春山のアラスカ話で盛り上がる

信濃川:いやあ、究極の食体験ですね。それ以上の食体験をしようと思ったら、また僻地に行かないといけないですね。
春山:食べるとめちゃくちゃ元気が出ますよ。特にベルーガっていう白クジラが全部で6〜7頭獲れたことがあったんですが、あれは特にすごかった。「食べたらポカポカして眠くなるよ」って言うから、ほんとかなと思って。で、食べたらほんとにふた晩くらい寝てました。
信濃川:寝過ぎじゃないですかね?
春山:ははは、ほんとですね。目は覚めるんですけど、もう体全体がポカポカして「起きたくなーい」っていう感覚でしたね。
信濃川:人をダメにする食べ物ですね。危険ですね。
春山:怪獣は特別な感じがします。星野道夫さんの、食べるものが自分になるという世界、食べるとその動物になるって感覚がよくわかりました。

「山食」と「YAMAP」のこれから

信濃川:「山食」はこれから、全国の山を巡っていきます。鮎美ちゃんというキャラを使って、現代の山における皆の気持ちを伝えていきたい。読者とのリアルなコミュニケーションも積極的にやりたいです。例えば、鮎美ちゃんなりきり企画とか。鮎美ちゃんになりたい人を募集して、採用された人には一定期間、日々野鮎美ちゃんになりきってSNSで山食を投稿できるという。
春山:面白そうな企画ですね。リアルな体験を重視した企画という意味では、「里山スタンプ」なんかいいかも。身近な山、里山に登ってスタンプを集めてもらったら、盛り上がりそう。
信濃川:いいですね、それ。スタンプ企画になるといつも北アルプスとか八ヶ岳になってしまいがちだから、あえて地方の低山を中心に展開したいですね。で、各々地元の山に登頂したら、そこが自分にとっての「うまい岳(だけ)」になるという。あとは、複数の山小屋と同時コラボで限定メニューを作っちゃう、なんてのも面白そうですね。

下山後のランチは絶品スープカレー!

信濃川:そうなんです。10個思いついたとしてもすぐ忘れちゃうんですよね。後から思い出せるのは1個くらい(笑)。春山さんはどうですか? YAMAPさんとして将来的にやりたいことは?
春山:まず、携帯の電波が届かない山の中でも位置情報が共有し合える世の中にしたい。安心安全が僕らのサービスのコアなので。あと究極は、統計上700万〜1千万人と言われる登山人口をいかに増やしていけるかがミッションだと思っています。1ヶ月に1回、皆が自然と山に触れている社会を創るのが最大のミッションなので。もっと山の楽しさを広げることと、山のハードルを低くすること。両方やりたいですね。
信濃川:うーん、お互いやりたいことが山積みだ。忙しいときこそ山に登って頑張らないと、ですね。今日はありがとうございました。
春山:ですね! ありがとうございました。

山頂にて、取材に同行したメンバー。左から中條(編集部)、折田(新潮社)、信濃川、春山、伊藤(新潮社)

信濃川日出雄
信濃川日出雄(しなのがわ・ひでお)
新潟県出身。北海道在住。2007年のデビュー以来、ジャンルを問わず多岐にわたって執筆し、『山と食欲と私』が累計100万部を突破、大人気シリーズとなる。現在もくらげバンチで同作を連載中。

春山慶彦
春山慶彦(はるやま・よしひこ)
1980年生まれ、福岡県春日市出身。同志社大学卒業、アラスカ大学中退。ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部に勤務後、2010年に福岡へ帰郷。2013年にITやスマートフォンを活用して、日本の自然・風土の豊かさを再発見する”仕組み”をつくりたいと登山アプリYAMAP(ヤマップ)をリリース。アプリは、2019年3月時点で120万DL。国内最大の登山・アウトドアプラットフォームとなっている。

YAMAP MAGAZINE 編集部

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YAMAP MAGAZINEの編集部です。