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阿蘇・根子岳登山 異形の山に自然のたくましさを感じる

阿蘇五岳の中でも異彩を放つギザギザの山容。山頂に奇岩「天狗岩」を擁する根子岳(ねこだけ/1,408m)は、その独特の風貌から九州の登山者に広く知られる山です。今回の山行では、根子岳の南側にある大戸尾根登山口から東峰を目指すルートを歩きます。頂上の天狗岩は、地震で崩れたとはいえ圧巻の迫力でした。

2020.03.02

米村奈穂

フリーライター

INDEX

根子岳はお釈迦様の顔

一度見たら忘れられないノコギリ刃のような山容。幼い頃、九重連山から眺めることのできる数ある山の中で、初めて山名を覚えた山が根子岳だ。阿蘇のカルデラができる前からあった火山と考えられている。阿蘇五岳の稜線は、お釈迦様の寝姿に見えることから「涅槃像(ねはんぞう)」とも言われる。根子岳は顔の部分。

明治から昭和にかけて活躍した洋画家、小杉放庵(こすぎほうあん)は、そのゴツゴツした稜線にひときわ尖ってそびえる天狗岩の姿を見て「阿蘇の草原を突き破って出たような大きな岩の鉾。阿蘇五岳の中で最も怪奇なもの」と表した。しかし、その天狗岩は、2016年の熊本地震で肩の部分が崩落し、お釈迦様の顔が変わったとも言われた。震災後に訪れるのはこれが初めて。山頂部分はどうなっているのだろう。

神様に怒られて頭をたたかれ、このような形になったという神話が残る

選んだ登山口は、南側の上色見から登る大戸尾根登山口。日の出とともにスタートしたが、すぐに単独の男性登山者が登って来た。地元の方のようで、このルートは散歩コースだという。いつもはもっと早く出発するけれど、今日は噴煙の降灰予報を見て少し時間を遅らせたそうだ。風向きによるらしい。

牧野道の頑丈なゲートを開けて中に入り、牛が逃げないようにしっかりと鎖をかけて閉める。右手の牧草地には早起きの牛たちが、こちらには目もくれず朝ごはんを食べている。舗装路をしばらく登ると登山届ボックスがある。登山届けに記入をし、裏に回るように登山口へ。有刺鉄線に注意しながら道標に従い山道へ取りつく。

早起きの赤牛たち。牛の落し物に注意して歩く

朝は山からやって来る。天狗岩のモルゲンロート

登山口は登山届ボックスの裏側に回り込み、草原の奥へ

シカの声響く登山道

登り始めは暗い杉林が続く。シカの甲高い声がまだ暗い森に響き渡り、聞こえるたびにドキッとする。悲しそうな鳴き声は何か言いたげで、いちいち返事をしてみる。稜線に出ると登山道の両側にミカエリソウが咲いていて、やっと朝が来た感じがしてホッとした。しかし、朝晴れていたはずの空はみるみるうちにガスがかかり、山はすっかり雲に覆われてしまった。

その美しさに通り過ぎた後見返してしまうミカエリソウ。通り過ぎずに思わず立ち止まる

暗い山中をパッと明るくしてくれるアキノキリンソウ

前日に山麓から根子岳を見ていたとき、山頂は雲に隠れたり顔を出したりと、見るたびに様子が違った。強い風が雲を飛ばしてくれることを祈りつつ歩いていると、上から先ほどの地元の方が下りて来た。山頂で風に吹かれ、寒くて早々に切り上げたそうだ。天気予報では下界は降水確率0%の快晴。夜の雨が上がっている途中かもしれない。ガスが晴れる頃に頂上へ到着できればいいのだけれど…。

ここは焦らずゆっくり休憩して時間を潰すことにした。コーヒーにスープまで飲んでブランチを済ませる。耳を澄ませると、シカの声が先ほどより遠くなった気がする。動物たちの時間から人間の時間に変わったことに気づき再び歩き出す。見晴らしの良さそうな岩場に出ると、さっきよりも山の姿が見えてきた。南側には薄っすらと高森の街も見える。よしよし。

登山中に好きな瞬間ベスト3に入る、ガスが上がっていく瞬間

霧の中に吸い込まれるように登っていく

天狗岩はまだ雲の中。お楽しみは山頂まで取っておこう

天狗岩の勇姿は必見!

山頂手前に天狗岩への分岐がある。入り口には「これより先は崩落や亀裂によりルートが寸断されており、通行できません」という看板が。震災前まではクライミングスポットだった。現在の山頂はその分岐から先の東峰になる。根子岳では近世まで山伏の峰入り修行が行われていたが、当時天狗岩に登ったものはいないと伝えられる。しかし地元の根子岳通が、あまりにも危険で登ったことを隠していたとも登山記に残している。

頂上へ到着すると、待った甲斐あってすっかり晴れ渡り、やっと天狗岩が顔を出してくれた。山頂で出会った宮崎の方も震災後初めての根子岳とのことだった。20年前に天狗岩に登ったそうで、懐かしそうにいつまでも眺めていた。

火山が作り出した阿蘇の不思議な大地には、数々の神話が残されている。この凸凹した根子岳の山容もまたしかり。根子岳と高岳が兄弟げんかをした際、弟の根子岳は阿蘇の祭神である父、健磐龍命(たけいわたつのみこと)に竹ぼうきで頭をたたかれこのような形になったとか。

地震で崩れた傷が痛々しいけれど、天狗岩が神話に伝わるその山容を保とうと必死に持ちこたえているようにも見える。この姿が自然の怖さやたくましさを後世に伝えていくのだろう。下山後に見上げたその勇姿は、登る前のそれとはなんだか違って見えて、何度も振り返ってみた。

山頂から天狗岩と噴煙を上げる高岳を望む。岩の白い部分が地震で崩落した箇所

険しい山頂とは対照的な明るい登山口に戻ってきた

根子岳(1408.2m)

阿蘇五岳の一つで、カルデラの東端に位置する。特徴的なギザギザとした山頂部は、侵食により板状の岩脈が露出してこのような形に。涅槃像に例えられる阿蘇五岳のお釈迦様の顔の部分。大戸尾根ルートは特に危険箇所はないが、震災後の崩落や亀裂により足場の悪い箇所もあるので要注意。雨後は滑りやすい。山行タイムは往復約2時間50分。現在通行可能なルートはこの他に、最短だが急登の東側前原牧場ルートと北側の箱石釣井尾根ルート。東峰から天狗岩、西峰へのルートは通行止め。

紹介ルートを通過した活動日記はこちら


下山後のお楽しみ

月廻り温泉館

登山口から車で10分の場所にある。阿蘇五岳を望める広い芝生の公園やレストラン、宿泊施設も併設しており、季節を通して観光客で賑わっている。高森町には他にも、大きな風穴のある「上色見熊野座神社」、野草園のある「南阿蘇ビジターセンター」、田楽や地鶏料理を味わえる人気の飲食店など、下山後の寄り道スポットが満載だ。

住所:熊本県阿蘇郡高森町3015
電話:0967-62-0141
営業時間:12:00~19:00
定休日:火曜日
入浴料:大人500円 小人300円
公式サイトはこちら

米村奈穂

フリーライター

米村奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。