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【奥秩父・金峰山登山】氷河時代の痕跡を残す針葉樹の聖地を歩く

関東周辺の人にとってはとても身近な存在ですが、奥多摩・奥武蔵の魅力には、ただ歩いているだけでは気づけない奥深さがあります。普段と少し目線をかえてみると、見慣れた山の新たな魅力に気づくはず。五感をフル活用して楽しむ「山歩きのポイント」を、奥多摩・奥秩父のおすすめコースとその背景にあるさまざまなトピックスとともにお届けします。ナビゲーターは、奥多摩・奥秩父を知り尽くした東京の低山マイスター、田畑伊織さん。第5回目は岩とハイマツと絶景の山、金峰山をご紹介します。

2020.02.18

田畑伊織

かもしかの会東京代表・奥多摩植物誌調査プロジェクト世話人

INDEX

奥秩父入門、森の山 ② 金峰山

前回は奥秩父 森の山として、東京都最高峰の雲取山を取り上げました。今回は第2弾として、山梨と長野の県境にある「金峰山」を紹介します。金峰山と雲取山はどちらも奥秩父を代表する山ですが、雲取山は東の端にあり、穏やかでしっとりとした、どちらかというと女性的なイメージなのに対して、金峰山は西の端にあって、乾燥した岩の山。雲取山とは対照的に男性的なイメージです。

山に向かう麓からの景色も、金峰山と雲取山では大きく違います。金峰山に向かう道は谷が開けていて、カラっと乾いた空気に青く抜けた空、広々とした畑が広がる高原の伸びやかさがあります。うっそうとした深いV字の谷に吸い込まれていくような奥多摩の景色とは、正反対といってもいいでしょう。

五丈岩と巨石の謎

Akihikoさんの活動日記より/金峰山頂にそびえ立つ五丈岩

金峰山といえば、山頂にそびえたつ15mの巨石、五丈岩がよく知られています。金峰山信仰の本宮とされ、かつての登山口には、金櫻神社や金峰神社が鎮座しています。
山頂付近の斜面はなだらかで、五丈岩以外にも、数mにもおよぶ大きな岩がゴロゴロと一面に積み重なっています。岩の隙間も大きく、土がたまらず水が蓄えられにくいため、山頂付近はおろか相当下らないと水場はありません。山頂から20分ほど下ったところにある金峰山小屋でも、水はすべて雨水でまかなわれています。

山頂付近の巨石

少し専門的な話になりますが、どうしてこのように大きな岩が、山頂付近にたくさん積み上げられたような地形になっているのかを説明しましょう。

なぜ、岩が砕けるのか。一つ、次のような理由が挙げられます。岩の隙間に水分が入り、その水分が凍って体積が増え、隙間を押し広げる作用が積み重なって岩が割れるというものです。地球は誕生してからの長い年月の中で、気候的に寒い時期と温かい時期を繰り返していますが、寒い時期(氷河期)には、金峰山山頂付近も現在より寒さが厳しく、このような「岩を砕く作用」が強力に働いていたと考えられます。さらに金峰山を形作る花崗岩という岩は、一定の方向に大きな割れ目ができるのが特徴。つまり、五丈岩などの塔のような岩は、「岩を砕く作用」により、岩盤が大きく切り出されてできたと考えられています。

実際には、岩が砕ける原因も、できる岩の大きさも様々なのですが、特に氷河期にはよりいっそう地形の形成がすすんだものと想像できます。巨大な岩は斜面を下に移動することが少ないため、尾根や山頂付近の斜面に積み重なって残っているということで、いわば「氷河期の痕跡」とでも言える地形なのだそうです。

一面に広がるハイマツが見られる、奥秩父では唯一の場所

maverickさんの活動日記より/岩とハイマツに覆われた山頂付近

大きな岩がゴロゴロしていて土がたまりにくい環境は、当然、植物にとってはとても厳しいもの。このような条件に強いのが、葉っぱが針のように細い針葉樹です。寒さや乾燥に強いのが特徴で、広葉樹の森でも岩尾根の土が薄く乾燥したところには、針葉樹であるマツやツガが生えたり、海岸沿いの砂地で水はけがよすぎるところや岩場にはマツが生えたりしています。

なかでもハイマツは、高山帯に生息する種類のマツ。平地で見られる一般的なクロマツやアカマツの葉がV字のような2枚であるのに対し、5枚の針のような葉をたくさん茂らせ、岩の隙間のわずかな砂礫に根付いて、まさに地面をはうようにしなやかな枝を広げて育ちます。乾燥や寒さに強いため、ほかの植物が生きられない、土が少なく風が強い高山帯の厳しい環境でも生育できるのです。登山中にある程度標高を上げると、岩の間を低く埋めるハイマツ帯を目にすることも多いでしょう。金峰山山頂一帯は、森深い奥秩父山域で唯一、一面に広がるハイマツが見られるところです。

ハイマツの実

森林限界が低い理由

ところで、ハイマツが生えるのは具体的にどれくらいの高さからなのかを意識したことがありますか? 本州中部であれば、標高2,600m~2,800mくらいでしょうか。例えば、南アルプスの北岳なら、白根御池小屋から草滑りを登り、小太郎尾根分岐(2,860m)に取り付くあたりからハイマツが姿を現し始めます。ところが金峰山では、もっと低い2,400m付近からハイマツが出てきはじめ、ハイマツ帯と呼べそうな広がりに。2,599mの山頂付近では、ほんの少しですが砂礫地や高山植物の花畑も広がり、高山帯の様相を見せます。

ハイマツとホシガラス

これは少し不思議な現象だと思いませんか? 北岳からそれほど北にあるわけではないのに、なぜ金峰山は北岳よりもハイマツ帯が2~300mも低下しているのでしょうか? そもそも奥秩父には、金峰山より高くても、これほど広いハイマツ帯を持つ山頂は他にありません。

それにはやはり、この場所の地質や地形、気候が関係しています。大きな理由のひとつは、もう皆さん想像がつくと思いますが、前述の大きな花崗岩の岩がゴロゴロしている山頂付近の地形によって他の樹木の生育が阻まれること。もう一つは、金峰山が西の端にあるため、特に冬場の風当たりがとても強いことにあります。

ハイマツの雪に埋もれた部分は、強風でも寒さや乾燥から守られます。そのためハイマツの高さはそのエリアの最深積雪とほぼ同じと言うこともでき、ハイマツより高い木は、まともに冬の強風を受けて生きていくことができません。結果として背の高い樹木が育たず、他の地域よりも森林限界が低い原因となっているのです。

針葉樹の聖地

山頂付近のハイマツ帯に限らず、金峰山の登山道ではさまざまな種類の針葉樹に出会うことができます。金峰山の麓付近は内陸にあり標高が高いため、年間を通じて比較的降水量が少なく、気温の年較差は大きめです。特に冬期の気温が低く乾燥気味という、どちらかというと大陸的な気候になります。これらの条件が、針葉樹の種類が多い理由につながっているのではないかと思います。反対に、ブナはこの辺りではまったく見られません。

地形と植物の関係で注目したいもう一つのトピックスは、この付近が氷河時代の植物の生き残りが育つ場所だということです。南アルプスから八ヶ岳を経て関東山地にかけての一部には、東京の中心部で1万2~3000年前の地層から出る化石でしか見つからない植物が、現在も生息しています。
氷河期に入り地球が寒くなると北極と南極の氷が増えるので、海面が下がって日本と大陸が陸続きになります。この時期に大陸から日本に渡ってきた植物は、その後また暖かくなって海面が上がると日本に取り残され、気温が上がるにしたがって、どんどん北に行くか高度を上げるかして、なんとか寒いところに逃げて生き延びようとします。ところが日本は湿気が多すぎて、大陸から来た寒さと乾燥を好む植物の多くが滅びてしまいました。そのなかで、このあたりの大陸的な気候に逃げ込んだ植物が、まさに生きた化石のように、数十本、数百本というわずかな数で、細々と今も森の中に生き延びているのです。

金峰山の登山口にあたる廻り目平や瑞牆山周辺は、ドライな花崗岩を好むクライマーたちの聖地となっています。乾燥した岩場を好みへばりつくのは、クライマーも針葉樹も同じですね。針葉樹にとっても、ここ金峰山は聖地と言えるのかもしれません。

廻り目平から金峰山へ(日帰り)

この山の魅力を手軽に楽しむなら、廻り目平から金峰山へのピストンが登りやすいでしょう。
キャンプ場から1時間ほど林道を歩き、本格的な登りは林道終点から金峰山小屋までの2時間、小屋から山頂まで30分といったところです。北斜面だからか、ずっと亜高山性の針葉樹林の中を登る気持ちのいい登山道です。コメツガやオオシラビソに、ネズコやチョウセンゴヨウマツなどが混じる森は、奥秩父の中でも特異的な森です。滑りやすい木の根だらけの急登は少しありますが、手を使うような技術的に難しい場所はありません。

韮崎駅からバスで瑞牆山荘まで行き、そこから金峰山を目指すコースでは、富士見平、鎖場のある大日岩を越え、そこから上に針葉樹の世界が広がります。砂払いの頭からは、森林限界をこえ視界が開け、花崗岩の白とハイマツの緑のコントラストの中、どんどん近づいて大きくなる五丈岩を目前に、富士山や八ヶ岳を見ながら、右に切れ落ちたスリリングな尾根を登ります(ちょっとした段差の大きい岩場・鎖場もあり、強風時は特に注意!)。

または、行きは廻り目平からゆっくり登り、金峰山小屋泊。翌日は富士見平に降りて、余力があれば瑞牆山を回って、帰りに日本一のラジウム含有量を誇る、増富ラジウム温泉に入って帰るというのもいいと思います。

東の雲取山を関東平野の展望台と紹介しましたが、西の金峰山は日本で最も広大な自然が残っている地域のひとつ、中部山岳地帯の展望台と言えるでしょう。
山頂は360度展望が開けていて、東は奥秩父西側の山々、西は八ヶ岳や南北中央アルプスはもちろん、南に天気がよければ富士山の向こうに相模湾まで見えます。また北には浅間山が噴煙を上げている様子やはるか妙高山まで、本州が縦断的に見えることもあります。

花もこの周辺の見どころ。特にツツジの種類が豊富で、その仲間であるシャクナゲに関しては、関東山地で唯一、3種類の花が見られる山でもあります。
「アズマシャクナゲ」はピンク色の花を咲かせる種類。奥秩父のシンボルでもあり、6月上旬になると、金峰山山麓はもちろん、奥秩父の各地で美しい姿を見せます。もう少し標高を上げると、7月の上旬から咲きだすのは「ハクサンシャクナゲ」という白い花。もう1種類はハイマツ帯にしか生えない「キバナシャクナゲ」で、時期的には一番早い5月下旬に山頂付近で薄黄色の花を咲かせ始めます。

アズマシャクナゲ

ハイマツ帯がある山としては標高が低めのため、ほかの高山植物も花のシーズンが早いのもこのあたりの特徴。日本アルプスでは夏休みに入らないと咲かない花が6月ごろから楽しめます。冬季の登山は、装備と経験がない人にはおすすめできません。特に山頂付近は早春からゴールデンウィークにかけては、激しい凍結となります。シーズン初め・終わりごろは、小屋に周辺の状況を問い合わせ、十分な装備と時間の余裕をもっての登山をお願いします。

取材・文:小川郁代
トップ画像:まゆえみさんの活動日記より

田畑伊織

かもしかの会東京代表・奥多摩植物誌調査プロジェクト世話人

田畑伊織

かもしかの会東京代表・奥多摩植物誌調査プロジェクト世話人

武蔵野台地で育つ。東京の山は子供の頃の遠足エリア。学生時代から動植物調査で奥多摩・東京の島をフィールドに活動する。都内自然公園施設の自然解説員を15年ほど務めた後、ここ10年程は自由研究で奥秩父の山小屋を渡り歩き、引き続き東京の山・島にも足繁く通いつめつつ、東京の自然と自然公園の価値を追求し続けている。